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山崎12年と鳥井信治郎の賭け ― 一つの蒸留所に複数の形のスチルを置き、湿潤な気候で速く育てるという設計

テイスティング
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一つの蒸留所のなかに、形の違うポットスチルが何種類も並んでいる、と聞いて最初は理由が分かりませんでした。

東京の自宅、6 月の夜、室温 22℃。グレンケアン・グラスを 2 脚並べました。左に 山崎 12 年、右に同じ会社の 白州 12 年。同じ国、同じ作り手の手による兄弟ですが、片方は森の湿った下草のような青さがあり、もう片方は熟れた果実とわずかな白檀のような甘さがある。同じ会社が、なぜこれほど違う 2 本を作れるのか。その答えの半分は、山崎というたった一つの蒸留所の中に、わざと形を揃えなかったスチル群があることにあります。

この記事は、その山崎 12 年を飲む話です。テイスティングノートだけを書くつもりはありません。なぜこの瓶がこういう輪郭をしているのか、それを誰がどんな判断で仕込んだのか。立地と装置という二つの技術根拠を、舌で確かめるところまで書きます。先に正直に言っておくと、山崎 12 年はいま、定価で買うのがほとんど不可能な瓶です。その不便さも含めて書きます。

鳥井信治郎が水の集まる場所を選んだ

まず立地の話をさせてください。

鳥井信治郎が日本初のモルト蒸留所を山崎に建てたのは 1923 年のことです。場所は、京都と大阪のあいだ、天王山のふもと。桂川・宇治川・木津川という三本の川が一つに合流する地点で、年間を通して霧が出やすく、湿度が高い。古くから「離宮の水」と呼ばれた軟水が湧く土地でもあります。

なぜ彼がこの湿った土地を選んだのか。蒸留所にとって水は仕込みと冷却の生命線ですから、良質な軟水が出ることは大前提です。ただ、それだけなら他にも候補はあったはずです。鳥井が賭けたのは、霧の出る湿潤な気候そのものでした。後で書くように、この湿気は熟成のスピードを左右します。彼は「ここなら樽の中で速く育つ」と踏んだ。結果論ではありますが、その読みは当たりました。

ここで一つ、寄り道を断っておきます。鳥井という人物には、1929 年に出した最初の本格ウイスキーが市場にまったく受け入れられなかった、という有名な失敗譚があります。その話は英語版の人物記事に譲ります。この記事の主役はあくまで 山崎 12 年という瓶と、それを生んだ生産技術です。鳥井は「なぜこの立地・この設計か」を決めた人として登場してもらいます。

形を揃えなかったスチル群

ここから装置の話に降ります。山崎 12 年の輪郭を決めている技術的な核心は、スチルの形をわざとバラバラにしてあることです。

普通、一つの蒸留所のポットスチルは、同じ形・同じ大きさで揃えます。同じ味の原酒を安定して大量に作るには、その方が合理的だからです。山崎はその逆を行きました。2024 年時点で 8 対 16 基のポットスチルが稼働していますが、そのほとんどが大きさも形も加熱方式も違います。

なぜそんな面倒なことをするのか。一つの蒸留所のなかで、性格の違う原酒を何種類も作り分けるためです。スコットランドの多くの蒸留所が「一つの蒸留所=ほぼ一つの原酒」で、それをブレンドのために他社と原酒を交換し合うのに対し、山崎は他社と原酒を融通しにくい日本で出発した。だから、外でやる作り分けを、一つの建物の中に畳み込んだわけです。

山崎の形を揃えないスチル群が生む原酒の振れ幅を示した図。上段は「重い側へ振る」設計:ずんぐりした直火加熱(釜底を約1000℃の炎で直接あぶる)のスチル+下向きのラインアーム+worm tub(銅蛇管を冷却槽に沈めた旧式凝縮器、銅との接触が少なく硫黄系の重い成分が残る)→ 力強く厚い原酒。下段は「軽い側へ振る」設計:背の高いバルジ型(胴にふくらみのある形)+上向きのラインアーム+shell-and-tube(多管式の現代型凝縮器、銅接触が多くクリーン)→ 華やかで軽い原酒。中央に、この振れ幅を一つの蒸留所に共存させ、糖化槽・発酵槽・熟成樽の違いと掛け合わせることで原酒の作り分けが100種類以上に及ぶ、という注記。山崎12年はこのパレットから12年熟成の原酒を選んで組んだ1本である、という結び。

具体的に、どの設計がどちらに振れるのか。蒸留の世界では経験則として知られています。

  • 重い側へ:ずんぐりした形のスチル、下向きのラインアーム(蒸気をスチルから次へ送る首の管)、そして worm tub(銅の蛇管を水槽に沈めた旧式の凝縮器)。worm tub は蒸気が銅に触れる面積が小さく、硫黄系の重い成分が残りやすい。結果として、厚く・力強い原酒になります。山崎はこの旧式の worm tub を、現代型の凝縮器と併存させています。
  • 軽い側へ:背が高くふくらみのある形、上向きのラインアーム、そして shell-and-tube(多管式の現代型凝縮器)。蒸気が銅にたくさん触れて、軽くクリーンな原酒になります。

さらに加熱方式も二通り使い分けています。直火(釜の底を約 1000℃ の炎で直接あぶる旧式)は、釜底でわずかな焦げを生んで厚みのもとになる。一方、間接蒸気(約 120℃ の蒸気で外から温める方式)は雑味の少ないクリーンな原酒を作る。山崎はこのどちらも残しています。直火を残す選択は、Speyside のGlenfarclas が 6 世代かけて間接蒸気に切り替えなかった話と同じトレードオフの系譜にあります。

この「一つの蒸留所に複数の形のスチルを置く」発想は、山崎の専売特許ではありません。日本では嘉之助の三つのポットスチル富士御殿場の三種のグレーンスチルが、規模は違えど同じ思想で原酒のパレットを広げています。ただ山崎は、それを 1923 年という日本ウイスキーの出発点で、しかも 16 基という規模でやり始めた点が際立っています。

湿った気候は樽の時間を速める

二つ目の技術根拠が、冒頭の立地に戻ります。気候による熟成速度です。

ウイスキーは樽の中で眠っているあいだ、ただ静かに待っているわけではありません。木は温度と湿度の変化で膨張と収縮を繰り返し、そのたびに樽材がスピリッツを吸ったり吐いたりします(cask breathing と呼ばれます)。この呼吸が、木の成分とスピリッツを行き来させて、色と香りを育てる。

山崎の温暖湿潤な気候は、スコットランドの冷涼な気候より、この 樽の呼吸が活発です。寒暖差と高い湿度が、木の膨張収縮を大きくする。結果として、同じ年数でも熟成が速く進む傾向があります。その代償が、蒸発で失われる量、いわゆる「天使の分け前(angel’s share)」の多さです。スコットランドが年 2% 前後とされるのに対し、日本の温暖な蔵ではそれより多く飛ぶことが知られています。つまり山崎の 12 年は、速く育つかわりに、たくさん天使に持っていかれる設計の上に立っています。

鳥井が 1923 年に湿った土地を選んだ判断は、この「速く育つ」側に賭けたものでした。彼が霧の谷を選ばなければ、山崎 12 年は今の速さでは育たなかった。立地は、瓶の中の時間の進み方そのものを決めていたわけです。

なお樽の構成は、アメリカンオーク(バーボン樽系)、シェリー樽、そして日本のミズナラ樽の組み合わせです。ミズナラの香味の話は英語版の樽記事に詳しいので、ここでは「白檀やお香のような和の含みを少しだけ足している」とだけ書いておきます。

飲んだときに舌に届くもの

2 脚のグラスに戻ります。

山崎 12 年。43% ABV。室温で 10 分置いてからノージング。最初に来るのは です。缶詰の白桃ではなく、少し熟れすぎて指で押すと凹むくらいの桃の、甘い果汁のにおい。続いて 干し杏のような乾いた果実香、その奥に 線香を一本焚いたあとの部屋に残る、薄いお香のようなトーンがかすかに沈んでいます。これがミズナラの含みです。

口に含むと、43% にしては角が立たず、蜂蜜を薄く溶かした湯のような滑らかさが舌の中央に乗ります。中盤に桃と杏の甘み、終盤に乾いた木の渋みとシナモンのような温かい辛みが長く残る。この「滑らかさと厚みの同居」こそ、形を揃えなかったスチル群が生む幅の証拠です。軽い原酒が口当たりの滑らかさを、worm tub と直火が作る重い原酒が中盤以降の厚みを担当している。一本のなかで、軽い設計と重い設計が握手しているわけです。

右の 白州 12 年(43% ABV、実勢 2 万円前後)に持ち変えると、同じ会社なのに風景がまるで違う。白州は 濡れた苔と青いミントガムのような清涼感が前に立ち、奥にうっすら煙がある。森の蒸留所らしい青さです。山崎が「熟れた果実とお香」なら、白州は「青い森と薄い煙」。詳しくは白州 12 年の記事に書きました。同じ作り手が、立地(山崎の湿った谷/白州の冷涼な森)と原酒の作り分けで、これだけ違う 2 本を出している。

もう一つ、スコットランドと並べると山崎の設計が立体的に見えます。背の高いスチルだけでクリーンに振り切ったGlenmorangie Originalが「桃と柑橘の上澄み」だとすれば、山崎は同じ桃の系統を持ちながら、worm tub と直火由来の厚みが下に敷いてある。同じ果実でも、軽い設計だけで作るか、軽重を一つの蒸留所で混ぜて作るかで、足元の重さが変わるわけです。

価格と入手の現実 ― 美談で閉じない部分

ここは正直に書きます。

山崎 12 年のメーカー希望小売価格は、2026 年 4 月出荷分から 16,000 円に改定されました。ところが現在の実勢は、それとはまったく違います。ネット通販では 2 万 1,000 円〜2 万 5,000 円前後で取引されているのが常態化しています。定価で店頭に並ぶことはほとんどなく、愛好家のあいだでは「定価で買えるのは抽選に当たるようなもの」と言われるほどです。

理由は前半の話とまっすぐつながっています。形を揃えないスチル群も、湿潤な気候での熟成も、速くたくさん作れる設計ではない。そこに世界的な日本ウイスキー人気が乗り、12 年以上の熟成品ほど在庫が払底した。「手間をかけて幅を作る」という設計判断が、80 年後に「定価で買えない」という形で返ってきているわけです。

だから私は、この瓶に「いつでも買える」とも「希少な名酒」とも書きたくありません。もし定価近くで手に入る機会があれば、それは鳥井が湿った谷に賭けた設計の、ちょうど内側に立つ稀な瞬間だと思っています。二次市場の 2 万円超を出すかどうかは、設計の物語にいくら払うかという各自の計算です。私はそこを煽りません。

文脈としては、「日本のシングルモルトとは何か」を一本で確かめたい人に向く瓶です。もし手元に来たら、白州 12 年を隣に置いて、同じ作り手が立地と装置でどう景色を変えたかを並べて飲むのがいちばん良い使い方です。かつてあった軽井沢のように賭けて消えた蒸留所もある日本で、山崎は賭けが当たって残った側にいます。

次にこの瓶を開けるときに

山崎 12 年は、ラベルにスチルの形も気候の数字も刷られていません。それでもこの瓶の中身は、鳥井信治郎が 1923 年に湿った三川合流の谷を選び、一つの蒸留所に形の違うスチルを並べ、速く育つ気候に賭けた設計の帰結です。桃の甘さの下に worm tub と直火の厚みが敷いてあり、熟成の速さは霧の谷の湿気が決めている。

次にこの瓶を開けるときに、できれば白州 12 年を隣に並べてみてください。同じ作り手、同じ 43%、それでも 湿った谷と冷涼な森、混在するスチル群と森の蒸留所が何を残したかが、桃とお香の山崎、苔と煙の白州という違いとして舌で分かります。山崎の「滑らかさと厚みの握手」は、形を揃えなかった選択の裏返しであり、12 年で届く濃さは、湿気が時間を速めた結果です。

グラスの中の桃の下に沈んでいる厚みが、誰のどんな判断の裏返しなのかを、薄いお香のにおいを嗅ぎながら少しだけ考える夜が、月に一度くらいあってもいいと思っています。


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主な参考資料

よくある質問

山崎12年のABVと度数、樽構成は?
山崎12年は43% ABVです。樽構成はアメリカンオーク(バーボン樽系)、シェリー樽、 日本のミズナラ樽の組み合わせで、ミズナラが白檀やお香のような和の含みを少しだけ加えています。
山崎蒸溜所のポットスチルはなぜ形がバラバラなの?
性格の違う原酒を一つの蒸留所のなかで何種類も作り分けるためです。 2024年時点で8対16基のポットスチルが稼働していて、そのほとんどが大きさも形も加熱方式も違います。 他社と原酒を融通しにくい日本で出発したため、外でやる作り分けを一つの建物の中に畳み込んでいます。
山崎12年の価格はいくら?定価で買える?
メーカー希望小売価格は2026年4月出荷分から16,000円に改定されました。 ただし実勢はネット通販で2万1,000円〜2万5,000円前後が常態化していて、 定価で店頭に並ぶことはほとんどありません。