← 記事一覧に戻る

形の違う三基のスチル ― 嘉之助蒸溜所と小正芳嗣が、一つの蒸留所に風味レンジを設計した工学判断

技術
嘉之助蒸溜所小正芳嗣小正醸造ポットスチル還流リフラックスラインアームランタンヘッドワームタブ銅触媒蒸留化学ジャパニーズウイスキー鹿児島

なぜ一つの蒸留所に、形の違うポットスチル (単式蒸留器) を三基も置くのか。エンジニアの素直な感覚なら、まず「一基で十分なのでは」と思うはずです。同じ装置を増やすなら冗長化として分かる。でも嘉之助蒸溜所の三基は、容量もネックの形もラインアームの角度も、全部違う。意図的に「揃えなかった」設計です。

これは「同じ酒を三倍作る」ための三基ではありません。「違う酒を作り分ける」ための三基です。この記事では、その判断を下した一人の人物、小正芳嗣が、なぜ一つの屋根の下に形の違うスチルを並べたのか、何を得て、何を代償に払ったのかを、還流と銅触媒の化学から読みます。

まず、なぜスチルの「形」で酒質が変わるのか

三基の話に入る前に、片付けておく前提があります。なぜポットスチルの形を変えると、酒の性格が変わるのか。鍵は還流 (リフラックス) という一語です。

ウォッシュ (発酵液) を加熱すると、アルコールと香り成分が蒸気になってネックを昇っていきます。このとき、重い (沸点の高い) 画分の一部は途中で冷えて再凝縮し、液に戻る。これが還流です。戻った分はもう一度温められ、また昇る。蒸気がスチルの中で「行ったり来たり」する回数が多いほど、軽くて沸点の低い成分だけが選り分けられて先へ進み、酒は軽くクリーンになります。 逆に還流が少なく、重い蒸気がそのまま凝縮器へ抜ければ、油っぽく重厚な酒になる。

ここに銅触媒が重なります。スチルの銅は、蒸気中の硫黄化合物 (茹でキャベツ様の DMS など、不快な匂いのもと) を表面で掴み取るフィルターです (2 Cu + H2S → Cu2S + H2)。還流が多いほど蒸気が銅に触れる回数と時間が増えるので、硫黄が落ちてさらにクリーンになる。還流の量=銅接触の量=酒の軽さ、とほぼ言い換えられます。

では、何が還流を増やすのか。設計変数は主に三つです。

  • ネックの形: 高く細いネックや、途中に膨らみ (ランタンヘッド) があるネックは、蒸気を減速・冷却して還流を増やす → 軽い酒
  • ラインアームの角度: ネック頂部から凝縮器へ向かう管が上向きなら重い蒸気が自重でスチルに戻りやすく還流増 → 軽い酒。下向きなら蒸気が直行して還流減 → 重い酒
  • 容量: 小さい器ほど蒸気に対する銅の表面積比が大きく、接触が増える → 軽い酒

つまりスチルの形は、酒質を決めるパラメータの束です。そして嘉之助は、このパラメータを三通りに振り分けた。

嘉之助の三基 ― レンジを設計する

嘉之助蒸溜所は、鹿児島県日置市、東シナ海に面した吹上浜にある小正醸造のウイスキー蒸留所です。2017年11月にウイスキー生産を開始しました。母体の小正醸造は本格焼酎のメーカーで、1957年には業界で初めて樫樽で全量熟成した焼酎「メローコヅル」を世に出した、樽熟成の蓄積を持つ会社です。

その嘉之助に並ぶ三基のスチルは、公称で次のように形が振り分けられています。

容量ネック形状ラインアーム設計上の狙い
第一6,000 Lストレート型水平中庸。バランス型の原酒
第二3,000 Lストレート型下向き還流少なめ。重質・オイリー寄り
第三1,600 Lランタンヘッド型上向き還流多め。軽質・華やか寄り

この表を還流の物差しで読み直すと、設計の意図が一本の線で見えてきます。第三基は小容量・膨らみ付きネック・上向きラインアームと、還流を増やす要素を三つとも積んでいる。出てくる新酒は最も軽く、エステル由来の華やかさが立つ方向です。対極の第二基は、ストレートネックに下向きラインアームで還流を抑え、重く油っぽい原酒を狙う。間の第一基は最大容量で水平ラインアーム、中庸のバランス型。

軽 → 中 → 重を、一つの蒸留所の中に幾何学だけで並べた、ということです。同じウォッシュから、形の違う三基で別々のニューメイクを取れば、後のブレンドで使える原酒のパレットが一気に広がる。これは EN 側で書いた Ardbeg の「一基のスチルに還流装置を付けて煙を整える」話と、原理は同じ (還流で酒質を設計する) で、解き方が逆向きです。あちらは一基を磨き込む。嘉之助は形を散らして数で攻める。

兼用スチルとワームタブ ― もう一段の設計

ここで二つ、嘉之助の設計にさらに歯ごたえを足している要素があります。

一つは、三基のうち一基が初留・再留の兼用として運転できること。通常、ウイスキーは初留釜 (ウォッシュスチル) と再留釜 (スピリッツスチル) を分け、二段階で蒸留します。嘉之助は一部の工程でこれを一基に兼ねさせ、運転の組み合わせをさらに増やせる構成にしている。設計の自由度は上がりますが、同じ釜を初留モードと再留モードで切り替える運転は、それぞれ加熱量もカットの取り方も別物です。読者はここで「運用が悪夢になりそうだ」と感じるはずですが、その勘は正しい。後でちゃんと請求書として回ってきます。

もう一つは、冷却装置に屋内ワームタブを採っていること。ワームタブは、水槽に沈めた螺旋状の銅管 (ワーム) で蒸気を冷やす古式の凝縮器です。現代主流のシェル&チューブ式に比べると、凝縮の段階で蒸気が触れる銅の面積が小さく、硫黄が残りやすい。つまり重く、硫黄っぽく、肉感的な方向に酒を寄せる装置です。

ここが面白いところで、スチルの形では軽〜重のレンジを広く取っておきながら、冷却では全体をやや重い側へ引き戻している。相反する操作に見えますが、ワームタブが足す重さ・複雑さは、ブレンドの厚みになる成分でもあります。嘉之助は「形で広げ、冷却で芯を入れる」という二段の設計をしている、と読むのが正確でしょう。

トレードオフ ― 三基ぶんの請求書

ここまでは設計の利点の話です。例によって、いいことばかりではありません。

利点の側。形の違う三基があれば、一つの蒸留所の中で軽質から重質までの原酒を自前で作り分けられる。これはブレンドの自由度に直結します。外部から原酒を買ってこなくても、自社内のパレットだけでハウススタイルを組める。新世代の蒸留所が「うちらしさ」を設計しようとするとき、原酒の多様性を内製できることは強い武器です。

代償の側。まず単純に、スチル三基ぶんの設備投資がかかります。一基で回す蒸留所に比べ、銅の塊が三つ。そして運用です。形が違うということは、最適な運転条件も三通りあるということ。加熱の立ち上げ方、還流の管理、カットポイント (蒸留液のどこからどこまでを採るか) の判断が、釜ごとに別になる。兼用スチルの初留・再留切り替えも加わる。小規模な蒸留所にとって、これは決して軽くない運用負荷です。

さらに稼働率の問題があります。三基それぞれを最適なバランスで回し続けるのは、生産計画として難しい。需要と原酒構成を見ながら、どの釜をどれだけ動かすかを設計し続けなければならない。「一基を磨き込んで一貫した酒を作る」道と、「三基を散らして多様性を取る」道は、どちらが正解という話ではありません。 前者は運用がシンプルで再現性が高い代わりに、レンジは内製しにくい。後者はレンジを内製できる代わりに、運用の複雑性という請求書が毎月届く。小正芳嗣は、後者を選んだ。

小正芳嗣という、判断を下した一人

この設計を選んだのは、小正芳嗣です。小正醸造の四代目で、嘉之助蒸溜所を率いる人物。蒸留所名「嘉之助」は、彼の祖父にあたる二代目・小正嘉之助に由来します。芳嗣はその祖父の隣で育ち、鹿児島の鶴丸高校を経て東京農業大学の醸造学科から大学院へ進んだ、研究者の素地を持つ作り手です。2003年に小正醸造へ入社し、製品開発で腕を磨いてきました。

彼の判断の筋を、エンジニアの言葉に翻訳しておきます。焼酎づくりで培った蒸留の知見を土台に、ウイスキーで自社のハウススタイルを一から設計しようとした。そのとき、外部原酒に依存せず、原酒のレンジを内製で確保するには、蒸留の入口であるスチルの形そのものを変数にしてしまうのが最も根本的だと見立てた。一基を完璧に詰めるより、形の違う三基で設計空間を広く取り、ワームタブで芯を入れ、後段のブレンドで組み上げる。運用コストは上がるが、それは「うちらしさ」を内製するための投資である、という設計判断です。「蒸留所が三基を採用した」のではありません。小正芳嗣が、そう選んだ

後知恵で英雄譚にするのは避けます。三基構成が、すべての規模・すべての狙いで正解とは限らない。運用が回り切らなければ、三基はただのコスト超過です。これは「設計空間に選択肢を広く取り、その複雑性を引き受ける」という一つの賭けであって、安全策ではありません。

今の瓶に残っているもの

最後に棚のボトルに降ります。嘉之助は2021年6月、初のシングルモルト「シングルモルト嘉之助 2021 First Edition」を出しました。2017〜2018年に蒸留したノンピート麦芽の原酒を、母体の焼酎「メローコヅル」の熟成に使ったアメリカンホワイトオーク樽で寝かせたものです。

口に含むと、軽やかな果実香の層と、その奥のオイリーで少し肉感的な重心が同居しているのが分かります。これは偶然ではなく設計です。華やかさは還流を増やした軽質寄りの釜が、重心は還流を抑えた釜とワームタブが受け持っている。形の違う三基から取った原酒を組み合わせているからこそ、一本の中に軽重の振れ幅が出る。次に嘉之助を開けるとき、上に乗る華やかさと、下に沈む油っぽい重さの両方を舌で探してみてください。その振れ幅そのものが、小正芳嗣が「一つの蒸留所に形の違うスチルを三基置く」と決めた、その工学判断が今グラスに出ている姿です。

三基には三基の正解がある、という結論

エンジニアとして締めくくるなら、一基か三基かに普遍の正解はありません。一基を磨き込む設計は、運用がシンプルで一貫性に強い。形の違う三基を散らす設計は、原酒レンジを内製できるが運用の複雑性を抱える。どちらを選ぶかは、何を作りたいかと、どんな制約の下で作るかで決まる。 小正芳嗣は、焼酎で培った蒸留の地力と「ハウススタイルを内製する」という狙いから、後者を選んだ。それだけのことで、しかしそれは設備と運用の両方に重い決断でした。次に飲むときは、その選択の重さを、華やかさと油の二層で確かめてください。


関連記事

主な参考資料

  • 嘉之助蒸溜所「蒸溜所紹介」(JWIC ジャパニーズウイスキー情報センター):jwic.jp/distillery/kanosuke(容量の異なる三基、ランタンヘッドとストレートの混在・ラインアーム角度差、屋内ワームタブ、2017年11月生産開始)
  • 小正醸造 公式ニュース「シングルモルト嘉之助2021 FIRST EDITION 発売」:komasa.co.jp/news/2021/06/1460(初シングルモルト、2017〜2018蒸留、ノンピート、メローコヅル樽)
  • 嘉之助蒸溜所 特設「シングルモルト嘉之助2021 1st」:kanosuke.com/special/singlemaltkanosuke2021-1st
  • 小正嘉之助蒸溜所と世界市場 (MARR):marr.jp/genre/study/marr_report/entry/33175(四代目・小正芳嗣の経歴、メローコヅル1957年、樽熟成の系譜)