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嘉之助 ポットスチル3基と酒質の設計

技術
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なぜ一つの蒸留所に、形の違うポットスチルを三基も置くのか。エンジニアの素直な感覚なら、まず「一基で十分では」と思うはずです。同じ装置を増やすなら冗長化として分かる。でも嘉之助蒸溜所の三基は、容量もネックの形もラインアームの角度も全部違う。意図的に「揃えなかった」設計です。

これは同じ酒を三倍作るための三基ではありません。違う酒を作り分けるための三基です。

嘉之助蒸溜所の三基のポットスチル比較図。第三基は 1,600 L のランタンヘッド型で上向きラインアーム、小容量ゆえ銅接触が大きく、還流は多く、軽質・華やか・エステル寄りの原酒になる。第一基は 6,000 L のストレート型で水平ラインアーム、最大容量で中庸、還流は中程度でバランス型の原酒になる。第二基は 3,000 L のストレート型で下向きラインアーム、還流を抑制し、重質・オイリー寄りの原酒になる。下部に軽質(クリーン・華やか)から重質(重厚・オイリー)へのグラデーションバー。設計は小正芳嗣(小正醸造 四代目)、嘉之助蒸溜所 2017年〜、鹿児島 吹上浜。容量・形状は公称。

軽 → 中 → 重を、一つの蒸留所の中に幾何学だけで並べた、ということです。以下、なぜ形が酒質を決めるのか、何を得て何を代償に払ったのかを順に読みます。

なぜスチルの「形」で酒質が変わるのか

鍵は**還流(リフラックス)**という一語です。

ウォッシュ(発酵液)を加熱すると、アルコールと香り成分が蒸気になってネックを昇ります。このとき重い(沸点の高い)画分の一部は途中で冷えて再凝縮し、液に戻る。これが還流です。戻った分はもう一度温められ、また昇る。蒸気がスチルの中を行き来する回数が多いほど、軽くて沸点の低い成分だけが選り分けられて先へ進み、酒は軽くクリーンになります。

ここに銅触媒が重なります。スチルの銅は、蒸気中の硫黄化合物(茹でキャベツ様の DMS など、不快な匂いのもと)を表面で掴み取るフィルターです(2 Cu + H₂S → Cu₂S + H₂)。還流が多いほど蒸気が銅に触れる回数と時間が増えるので、硫黄が落ちてさらにクリーンになる。還流の量 = 銅接触の量 = 酒の軽さ、とほぼ言い換えられます。

では何が還流を増やすのか。設計変数は三つしかありません。

還流を増やす3つの設計変数の図。1つ目はネックの形で、高く細いネックやランタンヘッド(途中の膨らみ)は蒸気を減速・冷却して還流を増やし、戻った分はもう一度温められて昇る。2つ目はラインアームの角度で、上向きなら重い蒸気が自重でスチルに戻って還流が増え、下向きなら蒸気が直行して還流が減る。3つ目は容量で、小さい器ほど蒸気に対する銅の表面積比が大きくなり接触が増える(銅は硫黄化合物を表面で掴み取る、2 Cu + H2S → Cu2S + H2)。還流が少なく重い蒸気がそのまま凝縮器へ抜ければ、油っぽく重厚な酒になる。

つまりスチルの形は、酒質を決めるパラメータの束です。嘉之助は、このパラメータを三通りに振り分けた。

第三基は小容量・膨らみ付きネック・上向きラインアームと、還流を増やす要素を三つとも積んでいます。出てくる新酒は最も軽く、エステル由来の華やかさが立つ方向。対極の第二基は、ストレートネックに下向きラインアームで還流を抑え、重く油っぽい原酒を狙う。間の第一基は最大容量で水平ラインアーム、中庸のバランス型です。

同じウォッシュから形の違う三基で別々のニューメイクを取れば、後のブレンドで使える原酒のパレットが一気に広がります。原理は Ardbeg の「一基のスチルに還流装置を付けて煙を整える」話と同じ(還流で酒質を設計する)で、解き方が逆向きです。あちらは一基を磨き込む。嘉之助は形を散らして数で攻める。

冷却でもう一段 ― ワームタブが芯を入れる

嘉之助の設計には、さらに歯ごたえを足している要素が二つあります。

一つは、三基のうち一基が初留・再留の兼用として運転できること。通常はウォッシュスチルとスピリッツスチルを分けて二段階で蒸留しますが、嘉之助は一部の工程でこれを一基に兼ねさせ、運転の組み合わせをさらに増やせる構成にしています。設計の自由度は上がりますが、同じ釜を初留モードと再留モードで切り替える運転は、加熱量もカットの取り方も別物です。運用が悪夢になりそうだ、という勘は正しく、後で請求書として回ってきます。

もう一つが冷却装置です。

屋内ワームタブとシェル&チューブ式凝縮器の比較図。嘉之助が採る屋内ワームタブは、水槽に沈めた螺旋状の銅管で蒸気を冷やす古式の凝縮器で、銅との接触面積が小さく硫黄が残りやすく、重く硫黄っぽく肉感的な方向へ酒を寄せる。その重さと複雑さはブレンドの厚みになる成分でもある。現代主流のシェル&チューブ式は多数の細管に冷却水を通し、銅との接触面積が大きく硫黄が落ちやすいのでクリーンな方向へ寄せる。再現性は高いが、この段階での厚みは乗りにくい。嘉之助は三基のうち一基を初留・再留の兼用として運転でき、組み合わせをさらに増やせる構成にしている。

面白いのはここです。スチルの形では軽〜重のレンジを広く取っておきながら、冷却では全体をやや重い側へ引き戻している。相反する操作に見えますが、ワームタブが足す重さと複雑さは、ブレンドの厚みになる成分でもあります。形で広げ、冷却で芯を入れるという二段の設計だと読むのが正確でしょう。

三基ぶんの請求書

いいことばかりではありません。

三基構成のトレードオフ図。得たものは「レンジを内製できる」こと。ブレンドでは軽質から重質まで自前で作り分けられ、調達では外部から原酒を買わずにハウススタイルを組め、新興蒸留所として「うちらしさ」を設計できることは強い武器になる。原酒の多様性を内製するための投資である。払った代償は「運用が三通りになる」こと。設備はスチル三基ぶんの投資で銅の塊が三つ、運転は加熱の立ち上げ・還流の管理・カットポイントが釜ごとに別で兼用スチルの初留/再留切り替えも加わり、稼働率は三基を最適なバランスで回し続ける生産計画が要る。運用が回り切らなければ三基はただのコスト超過になる。

「一基を磨き込んで一貫した酒を作る」道と、「三基を散らして多様性を取る」道は、どちらが正解という話ではありません。 前者は運用がシンプルで再現性が高い代わりに、レンジは内製しにくい。後者はレンジを内製できる代わりに、運用の複雑性という請求書が毎月届く。

判断を下したのは、小正芳嗣という一人

この設計を選んだのは小正芳嗣です。小正醸造の四代目で、嘉之助蒸溜所を率いる人物。蒸留所名「嘉之助」は、彼の祖父にあたる二代目・小正嘉之助に由来します。

小正芳嗣と嘉之助蒸溜所の年表。1957年、小正醸造が業界で初めて樫樽で全量熟成した焼酎「メローコヅル」を発売し、樽熟成の蓄積はここから始まる。2003年、小正芳嗣が小正醸造に入社。鹿児島の鶴丸高校から東京農業大学 醸造学科、大学院へ進んだ研究者の素地を持つ作り手として製品開発で腕を磨く。2017年11月、嘉之助蒸溜所がウイスキー生産を開始。鹿児島県日置市、東シナ海に面した吹上浜で、形の違う三基のポットスチルと屋内ワームタブを備える。2021年6月、初のシングルモルト「嘉之助 2021 First Edition」を発売。2017〜2018年蒸留のノンピート麦芽を、メローコヅルの熟成に使ったアメリカンホワイトオーク樽で寝かせたもの。

彼の判断の筋を、エンジニアの言葉に翻訳しておきます。焼酎づくりで培った蒸留の知見を土台に、ウイスキーで自社のハウススタイルを一から設計しようとした。そのとき、外部原酒に依存せずレンジを内製で確保するには、蒸留の入口であるスチルの形そのものを変数にしてしまうのが最も根本的だと見立てた。一基を完璧に詰めるより、形の違う三基で設計空間を広く取り、ワームタブで芯を入れ、後段のブレンドで組み上げる。運用コストは上がるが、それは「うちらしさ」を内製するための投資である、という設計判断です。

「蒸留所が三基を採用した」のではありません。小正芳嗣が、そう選んだ。

後知恵で英雄譚にするのは避けます。三基構成が、すべての規模・すべての狙いで正解とは限らない。運用が回り切らなければ、三基はただのコスト超過です。これは「設計空間に選択肢を広く取り、その複雑性を引き受ける」という一つの賭けであって、安全策ではありません。

今の瓶に残っているもの

嘉之助は 2021 年 6 月、初のシングルモルト「シングルモルト嘉之助 2021 First Edition」を出しました。2017〜2018 年に蒸留したノンピート麦芽の原酒を、母体の焼酎「メローコヅル」の熟成に使ったアメリカンホワイトオーク樽で寝かせたものです。

シングルモルト嘉之助 2021 First Edition のフレーバー構造図。中央に「2017〜2018年蒸留、ノンピート麦芽、形の違う3基のポットスチルから取った原酒を組み合わせている」。左に、上に乗る軽やかな果実香の層は還流を増やした軽質寄りの釜(第三基)が受け持ち、下に沈むオイリーで肉感的な重心は還流を抑えた釜(第二基)と屋内ワームタブが受け持つ。右に、樽は焼酎メローコヅルの熟成に使ったアメリカンホワイトオーク。この振れ幅は偶然ではなく、一つの蒸留所に形の違うスチルを三基置くという工学判断が出ている姿。

華やかさは還流を増やした軽質寄りの釜が、重心は還流を抑えた釜とワームタブが受け持っている。形の違う三基から取った原酒を組み合わせているからこそ、一本の中に軽重の振れ幅が出ます。次に嘉之助を開けるときは、上に乗る華やかさと下に沈む油っぽい重さの両方を探してみてください。その振れ幅そのものが、小正芳嗣の工学判断が今グラスに出ている姿です。

一基か三基かに普遍の正解はありません。どちらを選ぶかは、何を作りたいかと、どんな制約の下で作るかで決まる。小正芳嗣は、焼酎で培った蒸留の地力と「ハウススタイルを内製する」という狙いから、後者を選んだ。それだけのことで、しかしそれは設備と運用の両方に重い決断でした。


主な参考資料

  • 嘉之助蒸溜所「蒸溜所紹介」(JWIC ジャパニーズウイスキー情報センター):jwic.jp/distillery/kanosuke — 容量の異なる三基、ランタンヘッドとストレートの混在、ラインアーム角度差、屋内ワームタブ、2017年11月生産開始
  • 小正醸造 公式ニュース「シングルモルト嘉之助2021 FIRST EDITION 発売」:komasa.co.jp/news/2021/06/1460 — 初シングルモルト、2017〜2018蒸留、ノンピート、メローコヅル樽
  • 嘉之助蒸溜所 特設「シングルモルト嘉之助2021 1st」:kanosuke.com/special/singlemaltkanosuke2021-1st
  • 小正嘉之助蒸溜所と世界市場(MARR):marr.jp/genre/study/marr_report/entry/33175 — 四代目・小正芳嗣の経歴、メローコヅル1957年、樽熟成の系譜

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