響 Japanese Harmony レビュー ― 福與伸二が age-stated 消失時代に組んだ、山崎・白州・知多の無age blend
自宅の棚に、Yamazaki 12年と白州12年と響 Japanese Harmony が並んでいます。左から順に、シェリー系の琥珀、標高のある森の淡い金色、その二つのちょうど中間の色。棚の一番安いのは響。5,000円台後半で買いました。
あの二本を混ぜて作った、と考えるとちょっと切ない、というのが、私が Japanese Harmony を注ぐたびに一瞬よぎる感情です。
Hibiki 17年が国内から消えたのは2018年でした。原酒不足を理由に、17年の販売休止が9月、12年はそれよりも先に姿を消していました。それから8年、Hibiki コアレンジの入口として棚に残り続けているのは、この年数の書かれていない瓶ひとつです。
響 Japanese Harmony。2015年3月発売、43% ABV、日本国内実勢6,000-8,000円。
5代目チーフブレンダー 福與伸二 (Shinji Fukuyo) が、age-stated の Hibiki が細っていく時代を見越して、その代わりに置いた瓶です。

冒頭 ― グラスに何が出てくるか
グレンケアン・グラスに注ぐ。まず立ってくるのは 蜂蜜を垂らしたセイロンティーの湯気に似た甘い温度感 です。そこに オレンジピールをオーブンで数十秒温めたときの油の匂い が重なる。少し置くと、奥に 乾いたヒノキ材 のような、木質だが樹脂っぽくない匂いが出てくる。これは山崎モルトのミズナラ樽由来の香りで、私の鼻ではお香屋の伽羅コーナーに近い。
口に含むと、テクスチャは薄手のシルクを口の中に張ったような滑らかさで、味は蜂蜜と焦げた砂糖の中間、そこに ミカンの薄皮を噛んだときの微かな苦み が挟まってきます。フィニッシュは短め。乾いた木と、白胡椒を舌先に一粒だけ乗せたような残熱で終わります。
同じ夜に Yamazaki 12年を隣に開けて回すと、Japanese Harmony のほうが甘さの中心が浅い位置にあって、山崎12年の オーブンで温めた干し葡萄 ほど深いところで押してこないのが分かります。白州12年を隣で回すと、Japanese Harmony にも森の匂いは確かにあるが、白州の 朝の森で誰かが小さな焚き火を消したあとの、湿った土と青い葉 ほど地面に近くない。
両者の位相を 中央に寄せて丸めた ような、そういう味です。
「無age で Hibiki を作れ」という宿題
Japanese Harmony が発売された2015年3月の時点で、サントリーの Hibiki レンジには12年・17年・21年・30年が既にありました。全て age-stated (熟成年数表示付き) の瓶です。
そこに5本目として、年数の書かれていない Hibiki が加えられた。
これは商品開発というより 供給問題への回答 でした。2013-2015 にかけて、Yamazaki 12/17/25 と Hibiki 12/17 が世界的な需要膨張で品薄化しはじめていました。実際、Hibiki 12年は2015年に終売、Hibiki 17年は2018年に販売休止となります。age-stated は「10年以上前にどれだけ原酒を仕込んだか」に縛られる仕様 で、需要が急に伸びた時に増産できません。無age blend であれば、その時々に手元にある原酒の中から目標プロファイルに合うものを組み合わせられる。
この設計を引き受けたのが、就任直後の福與伸二でした。1982年サントリー入社。Morrison Bowmore への出向 (ボウモアはサントリーが1994年に買収) を経て、2009年に 輿水精一 のチーフブレンダー補佐に就き、2014年に輿水の後任として5代目に就任した人物です。就任した年の翌年に世に出た最初の major blend が、Japanese Harmony でした。
余談として、福與は後にインタビューで、「輿水さんは最初『無age は Hibiki の名を汚す』と難色を示した」 という趣旨のことを話しています。3年、5年、10年と原酒を積み上げて確立したブランドの名前を、年数の書けない瓶に貸すことへの躊躇。この躊躇を承認する側と、それでも組まなければ棚が空になる技術側で、Hibiki のフラグシップの位置が事実上一段下に降りた瞬間でした。
10種以上のモルトを5種の樽で ― 構成の内訳
サントリーは Japanese Harmony の正確なレシピを公開していません。公表されている範囲だけを書きます。
- モルト: 山崎蒸溜所 + 白州蒸溜所
- グレーン: 知多蒸溜所
- 原酒数: 10種以上
- 樽種: 5種類 (American white oak / 旧シェリー樽 / ミズナラ樽 / ホグスヘッド / バーボン樽と重複あり)
- ABV: 43%、冷却濾過 (chill-filtered) 済み
私が読む限り、この構成の要点は3つあります。
一つ目、山崎と白州の役割分担。山崎モルトはシェリー樽・ミズナラ樽由来の甘さと香木性を提供し、Japanese Harmony の中心の「甘い温度感」の相当部分を担っています。白州モルトは主にホグスヘッドで熟成された、より軽く緑がかった原酒として重ねられている。前者が中央から下、後者が上のレイヤーです。
二つ目、知多グレーンの位置。知多は光/中/重の3種のカラム設計を使い分けられるグレーン蒸溜所で、福與は Japanese Harmony に 中重質のグレーン を骨格として置いたと言われています。スコッチのブレンデッドで一般的なのは「モルトの隙間をグレーンで埋める」的な補助的位置づけ。サントリー流は違う。グレーンをレイヤーの一枚として対等に配置する のがサントリー流の設計です。これは知多を社内資源として持っているからこそ選べる解でもある。
三つ目、ミズナラ樽の identity 担当。ミズナラ (Quercus mongolica、日本産オーク) は樽材として木目が粗く漏れやすく、樽としての扱いは難しい素材です。ただし乳酸ラクトン系の香気成分が特徴的で、伽羅・沈香・古い寺の匂いに例えられる香りを液体に残します。Japanese Harmony ではこのミズナラ樽由来香が、名前の「Japanese」を舌の上で担保する役割を持っています。
ミズナラを外すと、Yamazaki と Hakushu と Chita を混ぜた「うまい blend」ではあるけれど、Hibiki ではなくなる。
43% ABV と冷却濾過 ― 「12年と揃える」仕上げ
Japanese Harmony の bottling 仕様は 43% ABV、冷却濾過あり、色補正の使用については非公開。この数値は Yamazaki 12年 (43%) と Hakushu 12年 (43%) と揃えられています。これは偶然ではないと私は読んでいます。年数表示を外した瓶でも、仕上げのスペックは age-stated と同じにする、という意思表示です。カスクストレングス側 (Yamazaki 55% など) にも寄せない。40%ちょうどの下端にも寄せない。棚に並べたときに、Hibiki が Yamazaki 12年・白州12年と同じフォーマットの瓶であることを、43%という数字が保証しています。
冷却濾過については、脂質・エステル系の一部が失われる代わりに、常温以下でも濁らずクリアな液面を保てる仕上げです。ハイボール需要が主流の日本市場では、この選択は自然な結論でしょう。
何と合わせるか ― 私の運用
私が Japanese Harmony を開けるのは、だいたい以下の3つの場面です。
- 平日の夜、キッチンで一人で飲む ときの1杯目。ストレートかロックで、20-25mLだけ。43%が飲みやすさの下限で、初めのグラスの敷居を下げる。
- ハイボール にして、食事と合わせる。Yamazaki 12年をハイボールに投じるのはコスト的に躊躇するが、Japanese Harmony は6,000円台で3杯分のハイボールが取れる。ミズナラ由来の香りが炭酸で少し立ちにくくなるが、それでも骨格は残る。
- 来客時の1本目 として、相手が Yamazaki を選ぶか Hakushu を選ぶか分かれる前の中間解として。ここで気に入られたら次のグラスで山崎か白州に進む。
対比として棚に置いておくべき瓶は、同じ 山崎・白州・響の3本比較 で書いた通り、Yamazaki 12年と Hakushu 12年です。この2本と Japanese Harmony を交互に回すと、サントリーが同じ社内資源をどう配分すると3つの別々の味になるか が舌で分かります。
承認したのは誰か ― 鳥井信吾のマスターブレンダー印
Japanese Harmony が2015年に世に出るとき、瓶の中身の最終責任者は福與でしたが、Hibiki というブランド名を無age blend に貸すことを承認した人物 は別にいます。鳥井信吾 (現サントリーホールディングス会長)、3代目マスターブレンダーです。
サントリーは、瓶の中身の技術最終責任 (チーフブレンダー) とブランド最終承認 (マスターブレンダー) を人格として分離させた組織構造を取っています。福與が Japanese Harmony のレシピを組み、輿水がそれに難色を示し、最終的に鳥井信吾が Hibiki 名を承認した。
この3人の合議が Japanese Harmony のラベルの背後にあります。
結び ― 次に飲むときに何を確かめるか
Japanese Harmony を次に開けるとき、私が舌で確かめようとしているのは以下の3点です。
- 中央の甘さがどの深さで止まるか。山崎12年より浅く、白州12年より丸いあの位置に、今回もあるか。
- ミズナラ由来の香木性がどのタイミングで立つか。注ぎたてよりも、5-10分置いて、口に含んで戻ってくる時の遅れて出てくる香り。
- フィニッシュの短さが不足に感じないか。age-stated が持つ「舌に長く残る」感触を、無age blend はどこまで代替できているか。
これはテイスティングノートを増やす作業ではありません。福與伸二が2015年に組んだ設計判断が、10年経った今でも同じ音を出しているか を確かめる作業に近い。福與は2023年に佐藤茂生 (6代目) に譲位しました。Japanese Harmony は残った。age-stated は戻ってこない。あの瓶が棚から消えるとしたら、そのときはサントリーの Hibiki レンジが根本から再編される時です。
それまでの間、私は棚の一番安い響を、それが一番安いという事実を含めて、注ぎ続けます。