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ウイスキーのppm 麦芽55→瓶12

技術
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Ardbeg 10 は「55 ppm」の酒として紹介されます。レビューでも販売ページでも、この数字がまず出てくる。ですがこの 55 は、瓶の中身の数字ではありません。 グラスに注いだ液体を測れば、おそらく 10〜15 ppm 前後です。

Ardbeg はスコットランド西岸、Islay 島の南岸にある蒸留所です。Ardbeg 10 はその定番ボトルで、10 年熟成・46%・ノンチルフィルタード。ピートの強いシングルモルトの代表として名前が挙がる 1 本で、その「ピートの強さ」を表す数字として流通しているのが 55 ppm です。

では 55 は何なのか。麦芽を作った段階の数字です。麦芽業者が蒸留所に納品する乾燥麦芽 1 kg あたりのフェノール量で、糖化する前、発酵する前、蒸留する前に確定しています。麦芽業者から蒸留家への仕様書に書かれた数字で、飲み手はいわば他人の郵便物を読んでいます。

麦芽から瓶までのフェノール残存チェーンの図。麦芽 55 ppm(キルンでピートを燻し煙のフェノールが外皮に凝縮する。紹介される数字はこれ)、発酵後 約40 ppm(糖化と発酵ではあまり減らない。一部が draff に残り、一部が酵母に取り込まれる)、蒸留後の new make 約20 ppm(最大の損失点。半分以上がここで消える。重いフェノールは鍋に残り、銅が一部を抜く)、10年熟成後の瓶 約12 ppm(酸化・樽内面への吸着・Angel's Share でもう一段削られる)。数値は Ardbeg 10 を例にした推定で、実際の残存率は発酵温度・スチル形状・cut point・樽履歴・倉庫湿度で変動する。

麦芽の 55 が、瓶では 12 前後。3〜5 倍の開きがあります。 この記事では開きがどこで生まれるのかを工程順に追い、そのうえで「ppm が煙たさを表さないなら、何を見ればいいのか」まで行きます。

なお瓶側の値は推定です。 麦芽 ppm は各社の公表仕様ですが、蒸留所ごとの瓶の実測値は公表されていません。以下の数字は、公表されている工程別の残存レンジから計算した目安です。

なぜ 55 が 12 になるのか

減る場所は 3 つあります。ただし3 つは対等ではありません。

糖化と発酵では、あまり減りません。 フェノールの大部分は麦汁に移り、一部が使用済み麦芽(draff、牛の飼料として売られる)に結合したまま工程から抜け、一部が発酵中に酵母に取り込まれます。残存はそれぞれ 80〜90%。55 が 40 前後になるだけです。

蒸留が最大の損失点です。 ここで半分以上が消えます。理由は、フェノールごとに沸点が違うから。guaiacol は 205 °C、p-cresol は 202 °C、phenol は 182 °C。蒸気になって上がるものと、鍋に残るものが分かれます。

蒸留で留出液に上がるフェノールと、鍋と銅に残るフェノールの対比図。上がるのは Phenol(沸点182°C、病院の廊下・消毒)、Guaiacol(沸点205°C、焚き火の木煙と甘いスパイス、Islayのピートはこの比率が高い)、4-Methylguaiacol(さらに煙たく樹脂寄り、燻製小屋)で、軽く揮発しやすいものが new make の煙を作る。残るのは Syringol(重い、クローブと甘いチャー)、Xylenol 類(揮発しにくい、家畜小屋や農家の重さ)、そしてスチルの銅表面が優先的に掴んで抜く分で、pot ale と spent lees に残って蒸留所から出ていく。分配は沸点だけでは決まらず、エタノール-水系での挙動とスチル形状・銅の接触量で振れる。

残存は 30〜60%。この 2 倍の幅が、そのままスチル形状の差です。 背が高くリフラックスの強いスチルは重いフェノールを多く失い、寸胴なスチルは多く残す。worm tub 凝縮器は shell-and-tube より多く残します。同じ 55 ppm の麦芽を買っても、スチルが違えば new make の煙は違う。

熟成でもう一段減ります。 オークの中で酸化がフェノールを分解し、焼いた樽の内面が吸収し、Angel’s Share が液体ごと持っていく。10 年で new make 基準からさらに 30〜50%。

掛け合わせると、麦芽のフェノールのうち瓶に届くのは 4 分の 1 前後です。残りは draff と pot ale と銅と天使が持っていきました。

銘柄別 麦芽 ppm と瓶 ppm

数字そのものを確かめに来た場合のために、主要銘柄を並べます。

麦芽 ppm と瓶 ppm の対応表。Bruichladdich の Classic Laddie が麦芽 0 / 瓶 0、Bunnahabhain が麦芽 1〜2 / 瓶は微量、白州 12 が麦芽 約5 / 瓶 3 未満、Bowmore が麦芽 25〜30 / 瓶 5〜8、Caol Ila が麦芽 30〜35 / 瓶 6〜10、Lagavulin が麦芽 35 / 瓶 6〜9(16年)、Port Charlotte が麦芽 約40 / 瓶 8〜12、Laphroaig が麦芽 40〜43 / 瓶 8〜12(10年)、厚岸が麦芽 50〜55 / 瓶 8〜15、Ardbeg が麦芽 約55 / 瓶 10〜15(10年)、Octomore が麦芽 100〜309 / 瓶 20〜60(5年)。麦芽 ppm は各社の公表仕様、瓶 ppm は公表された工程別残存レンジからの推定で蒸留所別の実測値ではない。

麦芽側は Bunnahabhain の 1 から Octomore の 309 まで 100 倍以上の幅があります。ところが瓶側の推定は、約 6 倍に圧縮されます。

麦芽側と瓶側のレンジ幅の比較図。麦芽の ppm は Bunnahabhain の 1 ppm から Octomore の 309 まで 100 倍超の幅があり、ラベルに印刷される数字はここ。瓶の ppm 推定は Bowmore の 5〜8 から Octomore の 20〜60 までの約 6 倍に圧縮され、しかも両端は同じ Bruichladdich ファミリー。5 年の Octomore(麦芽 300 ppm)は、グラスの中で Lagavulin 16 より一桁多くフェノリックなわけではない。これは retention chain が乗算だから起きる。

5 年の Octomore は、グラスの中で Lagavulin 16 より一桁多くフェノリックなわけではありません。 残存が掛け算だから、極端値ほど平坦になります。Bruichladdich は麦芽 ppm をラベルに堂々と印刷して「数字が正面に書かれたウイスキー」を実質発明しましたが、正面の数字は麦芽の仕様であって液体の約束ではない。同社の落ち度ではなく、算術の帰結です。

日本の蒸留所も同じ算術に乗ります。厚岸は樋田恵一の Islay-in-Hokkaido 設計で 50 ppm 級のバッチを出し、麦芽側では Ardbeg に肉薄します。逆に白州は宮本大路の森のライトピート思想で 5 ppm 程度に抑え、瓶では 3 ppm 未満です。

この表が成り立つのは、測り方が業界で共有されているからです。「55 ppm」が麦芽業者ごとの社内基準を意味するだけなら、蒸留所間の比較はどうやっても成立しません。そこを埋めているのが、エディンバラの Scotch Whisky Research Institute(SWRI)です。業界共同出資の研究機関で、加入蒸留所は同じ標準物質で校正し、同じ対象化合物を同じ基準で報告します。ピートとフェノール化学の窓口を長く務めてきたのが Frances Jack 博士で、業界側の「ppm は何を測っているのか」という声明を辿ると、引用の道はほぼ必ずここに行き着く。物差しを配ることが、この研究所の仕事です。

つまり 55 と 40 の比較には意味がある。ただしそれは麦芽の比較であって、グラスの比較ではありません。

55 ppm でも、55 ppm 分だけ煙いわけではない

ここからが本題です。仮に残存率が完全に分かっていたとしても、麦芽 ppm から口に感じるスモーキーさは出てきません。

理由は、ppm が合計値だからです。有機化学の phenol は C₆H₅OH という単一の分子ですが、ウイスキー業界の「phenol」はピート煙由来の一族全体を指します。

ピート煙由来のフェノール化合物と、それぞれが読める香りの対応表。Phenol(C₆H₅OH)は医薬品で病院の廊下や消毒、o- / m- / p-Cresol はタールと灰皿でクレオソートを塗った線路の枕木や石炭火、Guaiacol は木煙と甘いスパイスで焚き火(Islay のピートはこの比率が高い)、4-Methylguaiacol はさらに煙たく樹脂寄りで燻製小屋、Xylenol 類は家畜小屋や農家で重く揮発しにくく鼻より舌に残る、Eugenol / Syringol はクローブと甘いチャーで樽由来とも重なる。合計 40 ppm でも、guaiacol が 60% を占める麦芽と cresol が 60% を占める麦芽はまったく別の酒になる。

guaiacol が 5 ppm あれば「温かい木煙」、cresol が 5 ppm あれば「クレオソートを塗った枕木」と読めます。合計が同じ 40 ppm でも、guaiacol が 6 割を占める麦芽と cresol が 6 割を占める麦芽は、別の酒になる。 合計を 1 つの数字に潰した時点で、この情報は落ちています。

しかも、生き残る比率は工程で動きます。沸点が違うということは、蒸留で落ちる化合物の内訳も蒸留所ごとに違うということです。合計が減るだけでなく、レシピが書き換わる。

ppm がスモーキーさを予測しない 3 つの理由の図。1つ目はどの化合物が支配的かで、guaiacol が 60% なら木煙とクローブ、cresol が 60% ならタールと灰皿になり、どちらも麦芽段階の合計は 40 ppm でありうる。Islay のピートは湿地の植生の違いで guaiacol 比率が高い。2つ目は鼻に届くか舌に残るかで、揮発性の guaiacol は嚥下後にレトロネーザルで嗅上皮に届き知覚上のスモーキーさを支配するが、syringol や xylenol は液中に残る。3つ目はそれ以外の全部で、残糖とエステルはスモーキーさをマスクし、カスクストレングスは揮発性フェノールの鼻への転送を持ち上げ、年数はフェノールも甘さも減らすがその比率は同じではない。

Lagavulin 16 が同じ蒸留所の new make とまったく違う味に感じられるのは、フェノールが半分になったからだけではありません。

では、何を見れば煙たさが分かるのか

麦芽 ppm の代わりに効くのは、上の 3 つが動く条件のほうです。買う前にラベルで確認できるものだけ挙げます。

蒸留所。 これが一番効きます。John Campbell 時代の Laphroaig 10 と Iain McArthur の Lagavulin 16 は、麦芽 ppm が 40〜43 と 35 でほとんど同じです。それでも瓶のフェノールプロファイルは別物になっている。差を作ったのは麦芽ではなく、cut point と熟成です。

熟成年数。 若いほどフェノールが残っています。同じ蒸留所の 10 年と 18 年なら、煙は 10 年のほうが立ちます。

度数。 カスクストレングスは、揮発性の guaiacol を鼻に届きやすくします。同じ液体でも、加水すると煙の届き方が変わる。

樽。 シェリー樽の甘さやエステルはスモーキーさをマスクします。ppm が減らなくても、感じる煙は減る。

つまり ppm は「どのくらい煙いか」ではなく「どのくらい煙を仕込んだか」の数字です。仕込んだあとに何をしたかのほうが、グラスの中身を決めています。

55 ppm という数字を見るのをやめる必要はありません。ただ、その数字が答えているのは前者ではなく後者です。煙の強さで選びたいなら、ppm より、蒸留所と年数と度数を見るほうが早い。


出典: Scotch Whisky Research Institute(Research Avenue North, Edinburgh EH14 4AP)。ピート産地研究は Whisky Magazine The Peat Provenance Mystery。麦芽→スピリッツのフェノール残存推定は Whisky Magazine 掲載の Ian Wisniewski Phenolic fancies(2010)と Scotchwhisky.com The truth about peated whisky and phenols の業界共通見解に沿っています。対応表の瓶側の値は、公表麦芽仕様と一般的な工程別損失レンジから計算した目安であり、蒸留所別の実測値ではありません。

同じ算術が個々の蒸留所でどう展開するかは、Duncan McGillivray の Bruichladdich、Jim McEwan の Octomore 立ち上げ、John Campbell の Laphroaig maritime peat、Eddie MacAffer の Bowmore floor malting をどうぞ。

よくある質問

Ardbeg 10 の 55 ppm は、瓶の中身の数字ですか?
いいえ。乾燥した麦芽 1 kg に含まれるフェノール量で、糖化より前の原料段階で確定している仕様値です。瓶の液体は 10〜15 ppm 前後と推定されます。
麦芽 ppm のうち、瓶までどれだけ残りますか?
公表推定でマッシュ・発酵・蒸留を通じて 20〜40%、10 年の樽熟成でさらに 30〜50% が失われます。おおむね 4 分の 1 前後が瓶に届きます。
ppm が高いほど強くスモーキーに感じますか?
いいえ。ppm はフェノール類の合計値で、どの化合物が生き残るかは工程で変わります。買う前に効くのは麦芽 ppm より、蒸留所・熟成年数・度数・樽の種類です。