Duncan McGillivray と Bruichladdich の古い機械 ― 蒸留所を『近代化しない』と決めた技師の手仕事
死んだ蒸留所を買った男の話は、よく語られます。
Islay の Bruichladdich を、ワイン商の Mark Reynier が買い戻した。テロワールと透明性に賭けた。その物語は何度も書かれてきました。(Mark Reynier の記事はこちら)
けれど、その買い戻された蒸留所は、買った瞬間には一インチも動きません。設備は1881年前後のまま、長く眠っていた。コンピュータ制御もなければ、新しいスチルもない。錆びた鋳鉄と、固まった歯車があるだけです。
それを実際に動かしたのは、別の人間でした。Duncan McGillivray。オーナーでもブレンダーでもない、現場の技師です。彼の名前は、Reynier ほどには語られません。
私はその落差が気になって、彼のことを書こうと思いました。
1974年、見習いとして
Duncan McGillivray が Bruichladdich に入ったのは、1974年5月20日です。見習いのスチルマン、つまり蒸留器を見張る一番下の役からでした。
4年後の1978年には head brewer(仕込みの責任者)になっています。ここまでは順調な職人のキャリアに見えます。
けれど Islay の蒸留所は、20世紀後半ずっと不安定でした。1984年、Bruichladdich の操業が週1日にまで落ち込んだとき、McGillivray は一度ここを去ります。1990年に戻りますが、1994年には蒸留所そのものが休止(mothball)してしまう。
つまり彼は、この蒸留所が痩せ細って止まるまでの全過程を、現場で見ています。立ち上がりの英雄譚ではありません。彼が最初に学んだのは、蒸留所が死ぬところを見るということでした。
2001年、もう一度
2001年、Reynier と Master Distiller の Jim McEwan が蒸留所を再稼働させるとき、彼らは McGillivray を呼び戻します。General Manager として、最後にもう一度。(Jim McEwan の記事はこちら)
ここで彼に与えられたのは、はっきりした制約でした。金がない。新品は買えない。あるのは1881年の古い機械だけ。
普通の判断は、全部入れ替えることです。ステンレスの近代的なタンク、自動制御、新しい凝縮器。そのほうが故障も少なく、歩留まりも安定し、人手も要らない。
McGillivray はそれをしませんでした。彼が選んだのは、古い機械を捨てずに、直して、つぎはぎして、回し続けることです。
蒸留所側の言葉を借りれば、彼は「shoestring(極小予算)と、ほとんど中古の設備」で蒸留所を立て直した。鋳鉄の歯車を一つひとつ作り直し、はめ直し、つなぎ直した。足りない部品は、よそから物々交換で手に入れた。
これは美談として書けます。でも、その前に何を守ったのかを具体的に見ておきたい。
守られた1881年の中身
Bruichladdich には、いまも珍しい設備が残っています。
一つは open-top mash tun(蓋のない仕込み槽)です。1881年製、鋳鉄。麦芽とお湯を混ぜて糖を抽出する工程に使う槽ですが、これがいまの業界ではほとんど絶滅しています。多くの蒸留所はステンレスの密閉型に替えました。
しかも面白いのは、この槽が現場で section ごとに鋳造して組み立てられたせいで、円周のどこを測るかで直径が最大4インチ(約10cm)も違う、という話です。手仕事の歪みが、そのまま143年残っている。
もう一つはスチルです。1881年に据えられた wash still(初留器)の一基は、いまも更新ではなく修理で生かされていて、スコットランド最古の現役スチルと言われています。
ここで私は、書きたかったことを一つ取り下げなければなりません。
「古い機械だから、さぞ重く油っぽい酒質なのだろう」と書きたかった。低銅接触の worm tub で重い酒を作る Mortlach のように。(Mortlach の記事はこちら)
ところが Bruichladdich は逆でした。スチルは背が高く(約6m)、首が細い(約0.9m)。背が高いほど重い成分は首を登りきれず、銅の壁で凝縮して釜に戻ります(これを還流=reflux と呼びます)。結果、上まで届くのは軽い蒸気だけ。1881年に Harvey 兄弟がこの形を選んだのは、Islay の重いピート香とは違う、軽くフローラルな酒質を作るためでした。凝縮器も古典的な worm tub ではなく shell-and-tube です。
つまり McGillivray が手で守ったのは、「古さ=重さ」ではなく、1881年に誰かが選んだ軽さの幾何学でした。古い機械を残すという行為が、たまたま重い酒を残すとは限らない。残すのは、その機械が最初に下した設計判断のほうです。直火と旧式設備を信念で守る Glenfarclas とも、守っている中身が違う。(Glenfarclas の記事はこちら)
手仕事の代償
ここで彼を「機械を愛した職人」として美しくまとめたくなります。
でも、それは公平ではありません。古い機械を手で回すことには、はっきりした代償があるからです。
コンピュータ制御を入れないということは、温度も流量も、人の目と耳と勘で合わせるということです。それは character(個性)を守る一方で、再現性を犠牲にします。同じ仕込みを正確に繰り返すのは、自動制御のほうがずっと得意です。
故障のリスクもあります。143年前の鋳鉄は、いつ割れるか分からない。割れたとき、図面通りの交換部品は売っていません。直せる人間がいなければ、蒸留所はまた止まります。
そして属人化します。McGillivray にしか分からない癖、彼の手だけが知っている直し方。それは強みであると同時に、彼がいなくなった後にどうするのか、という重い宿題でもあります。
「近代化しない」という選択は、ロマンではなく賭けです。個性と引き換えに、効率と安定と再現性を手放す賭け。それが信念だったのか頑固だったのかを、私は断定しません。たぶん本人にも、その境目は見えていなかったはずです。
効率に賭けなかった者たち
この決断は、一つの系譜の中に置くと見えやすくなります。
効率化に賭けて消えた蒸留所があります。Golden Promise という低収量の麦に賭けて、最後は閉じた軽井沢(メルシャン)。(軽井沢の記事はこちら)
効率化に賭けずに、地味に生き残った蒸留所もあります。古い免許を抱えたまま近代化を急がなかった明石の江井ヶ嶋。(江井ヶ嶋の記事はこちら)
町ごと産業が死んでなお、手作業で残った Campbeltown の Springbank。(Springbank の記事はこちら)
McGillivray の Bruichladdich は、その Islay 版です。ただし少し変奏が効いている。彼が守ったのは、人でも、町でも、ブランドでもなく、機械そのものでした。1881年の鋳鉄を、彼自身の手の延長として生かし続けた。
瓶に残ったもの
Duncan McGillivray は2014年6月、40年を超える勤めを終えて引退します。Port Charlotte の自宅に戻り、2020年3月に亡くなりました。1952年生まれ、入社からは半世紀近い時間でした。
いま Bruichladdich の一本を開けると、その軽くフローラルな酒質は、背の高いスチルと、蓋のない鋳鉄の仕込み槽から来ています。多くの飲み手は、その機械を誰が手で回していたかを知りません。ラベルに彼の名前はありません。
蒸留所を買った男の名前は残ります。酒を設計した蒸留家の名前も残ります。けれど、その間で、錆びた歯車を一つずつはめ直していた技師の名前は、瓶の外には出てきません。
彼が守った機械の癖は、いまもグラスの中で生きています。直径が4インチ歪んだ仕込み槽も、143年前のスチルも、まだ動いている。
ただ、それを最初に手で回していた人間は、その機械がこれから先も回り続けるところを、もう見ることができません。
彼の手仕事は、瓶の中に残りました。彼自身は、瓶の外で静かに退場しました。
関連記事
- Mark Reynier と『死んだ蒸留所の買い戻し』 — 同じ Bruichladdich を、買い戻したオーナーの側から。哲学と資本を持ち込んだ人
- 樽から数字へ — Jim McEwan が Octomore で選び、Ardnahoe で選ばなかったもの — McGillivray と同じ現場に立った蒸留家。酒質を作る手の側
- Mortlach の worm tub と George Cowie — 「古い設備が重い酒を残す」逆の例。Bruichladdich の軽さと対になる
- Springbank と Campbeltown の survivor — 効率化に乗らずに手作業で残った、同じ系譜の蒸留所
主な参考資料
- WhiskyCast “Bruichladdich’s Duncan McGillivray: 1952-2020” — whiskycast.com
- The Spirits Business “Former Bruichladdich general manager dies”(2020年3月)— thespiritsbusiness.com
- Bruichladdich Distillery “Our Traditional Mash Tun Matters” / “A Fine Balance: Walking the line between Victorian and Progressive” — bruichladdich.com
- Difford’s Guide “Bruichladdich Distillery” — diffordsguide.com
- The Malt Impostor “Duncan McGillivray, Bruichladdich Distillery Manager, retires after 40 years”(2014年)— maltimpostor.com