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樽から数字へ — Jim McEwan が Octomore で選び、Ardnahoe で選ばなかったもの

人物
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ピートの ppm(parts per million、麦芽 1kg あたりに含まれるフェノール量の指標)という単位を初めて聞いたとき、私はそれを血中アルコール濃度の親戚かと思いました。この語感が職場の安全衛生資料を連想させるので、ウィスキー業界が選んだマーケティング言語としては、今でも少し奇妙だと思っています。

そして Octomore というシリーズは、その奇妙な単位を最前面に置くことで世界で最も語られるピーテッドの一つになった、という事実から始めたい話です。

シリーズを世に出した男の名前は、Jim McEwan

樽職人として入った男

Jim McEwan の58年のキャリアを示すタイムライン図。1963年に15歳でBowmoreに樽職人として入所、2001年にBruichladdichのMaster Distillerに就任、2008年にOctomore 1.1で131ppmの数値マーケティングを開始、2015年に一度引退、2018年にArdnahoeで再登板し中庸なppmに戻す、2023年にMBE受勲。

McEwan のキャリアの起点は 1963年、15歳のアイラ島でした。Bowmore 蒸留所の樽工場に cooper(樽を組む職人)として入っています。

そこから 38 年、彼は Bowmore の中だけでキャリアを積みます。ブレンダー訓練を経て、最終的には蒸留所マネージャー。Islay で生まれた人間が、Islay の蒸留所一つで職人から経営まで通る、という古典的な道筋です。

ここで一つ、伝記的によくある書き方を避けたい点があります。「樽職人から始まり、世界的マスターディスティラーになった」と書くと、それは英雄譚です。その語り口でいくと、彼が下した個別の判断が、すべて「正解への道筋」として整理されてしまう。実際にはそうではありません。彼は職人として始まり、職人としての身体感覚を最後まで手放さなかった、というだけのことです。

その身体感覚が、後の Octomore で出てくる「数値マーケティング」の判断と、見えないところで衝突します。

2001年 — Bruichladdich を復活させた制約

2001 年、ワイン業界出身の Mark ReynierBruichladdich を買い、蒸留所を再開させました。Reynier は「テロワール」(原料の生育環境がそのまま製品の個性になるという考え方)を売り文句にしました。彼の根拠は、ウィスキーの香気成分の大半が大麦の生育環境から来るというワイン業界由来の前提です。

McEwan は、ここで Bowmore を辞めて Bruichladdich の Master Distiller として参加します。アイラの中での移籍。一見、自然な流れに見えます。しかし彼が引き受けた制約は、自分のこれまでとはまったく違うものでした。

Bruichladdich は、復活したばかりで、市場での個性が必要でした。同じアイラのモルトとして、すでに確立した Bowmore、Lagavulin、Ardbeg、Laphroaig がいる。そこに後から入って何で記憶されるかという、ブランディングの初期問題です。Reynier はテロワール哲学で答えを出した。McEwan は、もう一つの答えを出すことになります。それが Octomore でした。

決断のかたち — Octomore で何を選び、何を捨てたか

Octomore シリーズが最初にリリースされたのは 2008 年です。1.1 と呼ばれる最初の瓶のフェノール量は 131ppm。その時点での「世界最高」を更新しました。後にさらに伸びていきます。

Octomore シリーズの ppm 競争(麦芽段階の値)

リリースフェノール量(ppm)注記
Octomore 1.1(2008)131 ppm最初の世界記録更新
Octomore 6.3258 ppm大麦は Islay 産(テロワール路線への寄せ)
Octomore 8.3309.1 ppm当時の世界最高

この数字の競争で McEwan が下した判断のうち、瓶の中に今も残っているものを、英雄譚にしないように整理します。

一. 麦芽は、アイラで作らない

Octomore の peated malting(ピート燻製を施した麦芽の製造工程)は、アイラ島では行われていません。本土の Bairds Malt(Inverness の大手モルトハウス)に委託されています。使用されるピートも、Black Isle 産です。アイラのピートではない。

これはテロワール哲学を掲げた蒸留所にとって、大きな矛盾です。matter-of-fact な矛盾です。テロワールを売っている蒸留所が、もっとも語られるシリーズの麦芽を、テロワールの本拠地から外れた場所で焙煎している。Bruichladdich はこの点について、「テロワールではなく provenance(出自の透明性)を重視する」という言い方で説明することもありますが、用語のすり替えに見える局面でもあります。

McEwan はこの判断に深く関わっています。アイラに大規模な peated malting 設備がない以上、外注せざるを得ない、という工学的制約はありました。それでも、Octomore を「アイラの究極ピート」として売る判断と、麦芽を本土で作る判断は、ロジスティクス上は両立しても、メッセージ上は両立しません。彼はそれを引き受けました。

二. ppm という数値で売る

Octomore のリリースには、必ずフェノール量の数字が大きく出ます。ラベルに ppm が書いてある。これはマーケティング上、極めて明快な選択です。「世界最高」を更新するたびに、語られる回数が増える。

明快さの代償として、「ppm が高い = ピート好きが買うべき」という単純化を市場に植え付けてしまいました。私の周りでも、Octomore を語るときにフェノール量の数字だけが前景化する場面を何度も見ています。ピートが好きな人と話していると、しばしば数字が入って空気が一気に居酒屋から実験室になる。これは ppm という売り方の副作用で、誰の責任か特定するなら McEwan と Reynier の二人で半分ずつくらいの責任です。

ここで彼が天才だったと書きたいところですが、実際には、彼は職人として「ピートの構造を露出させたい」という工程理解を持っていただけで、それをマーケティングの軸に持ち上げる判断は経営側との合作です。ppm が一人歩きする副作用までは、たぶん予測しきれていなかった。

三. 数字の正体は、隠さなかった

ここが McEwan のフェアな部分です。

Octomore の ppm は 麦芽段階の値です。瓶に入るまでの間に、フェノールはほとんど失われます。

フェノール量がどこで失われるか

工程残存するフェノール(元の何%)
ピート燻製後の麦芽100%
発酵後の wash約 35%
蒸留の pot ale(廃液)側約 80% が流出
最終的に spirit’s hearts(瓶詰めされる蒸留中盤の取り分)約 3.4%

つまり Octomore 8.3 のラベルに「309.1ppm」と書いてあっても、瓶の中の液体のフェノール濃度は、それよりずっと少ない。10ppm 前後と推定されることもあります。これは数字の見た目と、口の中の現実の、大きな距離です。

McEwan と Bruichladdich は、この事実を消費者全員に理解させるところまでは行きませんでしたが、隠してもいません。蒸留所の説明資料を読むと、麦芽段階の値であることはちゃんと書いてある。読まない人が多いだけです。私はここで彼を擁護したい気持ちと、「ラベルに大きく書く数字の意味を、もう少し丁寧に伝える義務はあったのでは」という気持ちが、いまでも半々です。

引退、そして Ardnahoe で選ばなかったこと

McEwan は 2015 年、Bruichladdich を一度引退します。これで「マスターディスティラー人生」が終わったと、本人を含めて周りも思ったはずです。しかし 2018 年、Hunter Laing 系列でアイラに新しく作られる Ardnahoe 蒸留所の master distiller として復帰しました。

Ardnahoe で彼が何をしたかを見ると、Octomore の判断の意味が逆方向から照らされます。

Ardnahoe と Octomore は何が違うのか

項目Octomore(2008-)Ardnahoe(2018-)
フェノール量131-309 ppm(世界最高更新)約 30-40 ppm(中庸)
蒸留器の形短く厚い(重いスピリット)伝統的(細長い首)
熟成の姿勢比較的若いリリースも可長熟前提
売りの軸数字樽との対話

「世界最高ピート」を狙う場所ではない。

これは私が彼の判断のうちで最も興味を持っている部分です。Octomore で「数値で売る」を成功させた本人が、自分が一から関与する次の蒸留所では、その路線を取らなかった。彼にとって Octomore は「特殊解」だったということです。再現すべき方程式ではなく、Bruichladdich というブランドの初期問題に対する一回性の答えだった。

引退後の判断は、現役時代の判断より雄弁です。彼は Octomore を否定したわけではありません。ただ、Ardnahoe では同じ問いを立てなかった。

瓶に残ったもの、本人が立ち去ったもの

McEwan は 2021 年頃に Ardnahoe を退き、2023 年には英国王のニュー・イヤー名誉リストで MBE(大英帝国勲章第五位)を受勲しました。アイラで生まれ、アイラで樽を組み、アイラで二度マスターディスティラーをやった人間としての、長いキャリアの締め方です。

Octomore は、彼の手を離れた今もリリースが続いています。15 シリーズ、16 シリーズと、ppm の競争は続いている。彼の決断はそのシリーズの構造の中に今も残っていて、瓶を開ける人がそれを意識するかどうかは別の話です。Bairds Malt の麦芽を使う判断、ラベルに ppm を大きく書く判断、それを「最高峰」とは言わずに「数字」として置く判断。これらは全部、彼が下したものです。

しかし彼自身は、もうそこにはいない。彼は別の蒸留所で、別の数字を選び、そして引退しました。

私が彼のキャリアから受け取りたいのは、「樽職人から世界的ブレンダーになった偉人」のシナリオではありません。それは英雄譚で、英雄譚は彼に対して失礼です。受け取りたいのはもっと地味な事実です。一人の職人が、長いキャリアの途中である一回だけ、自分のフィロソフィの内側で矛盾する判断を引き受け、その矛盾を瓶の形で世に出した。次の蒸留所では同じ矛盾を引き受けなかった。この二つの事実をセットで読むと、Octomore の数字が少し違って見えます。

ラベルの「131ppm」は、自然法則ではありません。一人の樽職人が、ある制約のもとで下した決断の影です。今その瓶が手元にある人は、その影の長さを、たぶん少し誤解しています。私もそうでした。


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主な参考資料