ハイランドパーク 12 レビュー ― ホビスターモアのヘザー泥炭と 80/20 設計
京都のバーで、ハイランドパーク 12 年を山崎 12 年の隣に並べてもらったのは、5 年前の 3 月でした。バーテンダーに「同じ 12 年、同じ 43% ABV、当時はほぼ同じ 5,500 円前後、色もほぼ同じですが、飲み比べる意味ありますか」と聞いたら、「ある」と即答されました。飲んで、確かに意味があると分かりました。ハイランドパークは「島の蜂蜜と煙」で、山崎は「森のミズナラと柑橘」でした。同じ 12 年でも、瓶に入っているものは違う地理でした。
この記事は、そのハイランドパーク 12 年が「なぜ Islay の泥炭とも、山崎のミズナラとも違うのか」を書きます。答えは Orkney という Scotland 最北の島群、Hobbister Moor というヘザー湿原、そして Gordon Motion が 2008 年から変えなかった 80/20 の malt 比率です。

Hobbister Moor ― Orkney 唯一のヘザー泥炭
ハイランドパークの泥炭は、ラガヴーリンの泥炭と同じ土から来ていません。当たり前のことですが、マーケティング文にはほぼ書かれません。「ピーテッド」を ppm の一次元スケールで語る限り、この違いは見えません。
Hobbister Moor は、蒸留所のある Kirkwall から西方約 7 マイル(11 km)にある湿原です。海岸の泥炭湿地ではなく、内陸の moorland(ムーアランド)です。過去数千年で泥炭を作り上げてきた主な植物は Calluna vulgaris(コモンヘザー、和名エイザンツツジ属の一種)と、その下層の草類と苔類。この泥炭を切り出し、乾燥させて kiln で焚くと、煙にはヘザー由来の分解生成物 ― lignin、guaiacol、4-vinylguaiacol、そして「甘く、ハーブっぽく、わずかに樟脳のような」フェノール群が乗ります。
これを Islay の泥炭と対比すると輪郭がはっきりします。Islay の泥炭湿地は沿岸で、主な植物はスファグナム(水苔)と分解した海藻。そこから出る煙はヨード感のある薬品的フェノール(cresol など)が主体です。Skye の Talisker では、その中間に海塩スプレーとブラックペッパー的な signature が乗ります。
ですから、「ハイランドパークは軽くピーテッド」というノートは、数字としては正しい。しかしその数字の下にある事実は「泥炭が化学的に別物」であって、「同じ泥炭の量が少ない」ではありません。ハイランドパークが ボウモアの半分の ppm だ、というのは真です。ハイランドパークが「半分のボウモア」の味だ、というのは偽です。別の植物の煙です。
同じ地理の対比を島単位でもう一段:
- Islay 沿岸 (Ardbeg / Laphroaig 10 / Lagavulin): 水苔 + 海藻、40-55 ppm、ヨード・海藻・薬品感
- Skye 中間 (Talisker 10): 混合泥炭、18-20 ppm、海塩+ブラックペッパー
- Orkney 内陸 (ハイランドパーク): ヘザー中心、実質 4-6 ppm、蜂蜜+樟脳+dry grass
同じ「ピーテッド」の 3 島、同じ Scotland の 3 島。それでも、瓶に入っているのは 3 種類の植物です。
(ここまで書いていて自分でも思うのは、私はハイランドパーク 12 年を「ちょっと安いラガヴーリン」だと 5 年間思っていました。京都で山崎 12 年の隣に並べて初めて「これは Islay ではなく Orkney だ」と気づきました。地名を覚えるのが遅い人間が書く記事です。)
80/20 malt blend ― 「発明」ではなく「継承」の recipe
ハイランドパークは、Scotland で自家の floor malting を残している数少ない蒸留所の一つです。年間の barley の 20-25% を自家 floor で製麦し、Hobbister の泥炭で最初の 8 時間ほど焚いてから、smokeless coke で残り 19 時間ほど kilning します。この自家泥炭焚き麦芽の phenol level は 約 30-40 ppm、これは若い Laphroaig 10 や Caol Ila と同じ range です。ただし、燻煙元がヘザーです。
その泥炭焚き麦芽を、無泥炭の商用麦芽 約 75-80% と混ぜて mash に入れます。ボトル時点で口に入る phenol level は 約 4-6 ppm、30-40 ppm ではありません。泥炭のキャラクターは、発酵が始まる前の段階で希釈されて抑制されています。
この設計を「ソフトウェアで言う feature flag が 20% に設定されている」と言うと、少し身も蓋もないですが、正確です。ハイランドパークの「フルボリューム版泥炭」は存在します(cask strength single cask のリリースでは飲めます)。しかしハウス style は、今そこで働いている誰よりも前の時代から、静かな比率に calibrate されています。泥炭は foreground ではなく register(音域)です。

この設計を維持しているのが Gordon Motion です。1998 年に Edrington に入社、John Ramsay の下で assistant を務め、2008 年に master whisky maker を継承しました。2025 年 7 月に退任するまでの 17 年間の仕事は「ハイランドパークの house style を発明する」ことではありませんでした。「一つの house style を、恒常的に走らせる」ことでした。
前任の John Ramsay も同様です。1991 年に Edrington の group master blender として入社し、2009 年に退任。ハイランドパーク 18 年、25 年、40 年の range を作った人物ですが、12 年の比率は変えていません。この 2 人だけで、35 年間、20/80 の比率を守り続けたことになります。
(ここで書いていて自分でも笑ってしまうのは、「Highland Park」という名前は「Highland」を主張していますが、Orkney 諸島は地理的には Highland ではありません。ラベルの「Highland」は「Highland Region」(法規上の区分)を指すマーケティングで、実際の terroir は「Island」です。Scotland の分類学は、地理学より販売学に近い場合があります。)
樽側 ― シェリー・シーズニング、リフィル主体、Edrington のサプライチェーン
もう半分は樽です。ハイランドパーク 12 年は公式スペック上、sherry-seasoned European oak と American oak の樽で熟成され、約 20% が first-fill、残りは refill です。これは「80% シェリー樽」と言っているのではありません。オンラインでよく回っているその数字は誤解のもとです。この樽は「スペインの伝統的なシェリー樽」ではなく、「オークの新樽・古樽をシェリー(オロロソ主体)で約 2 年 seasoning したもの」で、Jerez からスコットランドに送られます。しかも 12 年以下のボトリングに使われる樽の大半は、同じ蒸留所が過去に一度は使ったリフィル樽です。
Edrington(ハイランドパーク親会社)は、この cooperage と seasoning プログラムを長いサプライチェーンとして走らせています。スペインには数万樽単位の在庫を持ち、Jerez 近郊の cooperage パートナー(Tevasa)が stave 製造と seasoning を管理。その先頭に位置するのが Macallan で、Edrington の別のシェリー系シングルモルト。first-fill European oak の最大シェアはここに行きます。ハイランドパークはその後段に位置します。12 年の「20% first-fill」というスペックは、この順番の帰結です。
風味上のトレードオフは分かりやすい。リフィル樽は first-fill よりも wood extraction と sherry の残留物が少なく、12 年物は樽の強度ではなく時間と割り水に依存します。しかし利点は、蒸留したスピリット自体(ハイランドパークの malt sweetness + 微かなヘザー煙)が樽の下に埋もれずに残ることです。もし 12 年物が 100% first-fill European oak だったら、若い Macallan にヘザーの示唆が乗ったような何かになっていたはずで、Hobbister のキャラクターは raisin と tannin の下に消えていたでしょう。今の比率は、ヘザーに息をする空間を残しています。
これは 響 Japanese Harmony の福與伸二による “no-age blend” の設計思想と対比すると面白い。響は 5 種類の樽(ミズナラ、シェリー、American White Oak、ホグスヘッド、リフィル)の blending でハウス style を作ります。ハイランドパーク 12 年は 2 種類の樽(sherry-seasoned + bourbon)の shared supply chain でハウス style を作ります。Edrington は cooperage を Spain 側で握り、Suntory は樽材(ミズナラ)を Hokkaido 側で握る。どちらも「樽を production chain の中に取り込む」判断ですが、取り込む場所が違います。
グラスの中に何があるか
京都のバーに戻ります。Glencairn、注いでから 15 分、最初の一口は水なし。
**ハイランドパーク 12 年(43% ABV)**は、鼻に暖かい蜂蜜のトースト、dry grass、そして 3 回嗅いでようやく認めたのですが「暖炉のそばに置いてあった古いウールセーターの匂い」(火そのものではなく、火のそばにあったセーターの後の匂い)。口に含むと baked apple の皮、低温オーブンで暖めた raisin、微かな塩気(多分示唆で、実際の海塩ではないと思う)、そして heather honey と閉じた煙の封筒に fade する余韻。punch はしません。hover します。
(メモに「バランスが良い」と書きかけて消しました。「バランス」は、書き手が対象を describe する気がないときに使う言葉です。私が言いたいのは、何も dominate せず、泥炭は background register、シェリーは refill 樽の温もり、malt sweetness が中央に座る、ということです。)
**山崎 12 年(43% ABV)**を隣で飲むと、profile が完全に別物であることが分かります。ハイランドパークが「島の蜂蜜と煙と dry grass」なら、山崎 12 年は「森のミズナラの白檀香、青りんご、白桃、微かな柑橘」。同じ 43% ABV、同じ 12 年、色もほぼ同じ amber-gold。しかし嗅いでいる植物が違います。ヘザーとミズナラ。北緯 59 度の島と北緯 34.9 度の山崎峡。「オークニーの泥炭湿原で分解した Calluna vulgaris」と「北海道のミズナラ(Quercus crispula)を chop して stave にしたもの」。同じウィスキー carrier に、別の terroir が閉じ込められています。
価格対比(2026 年 8 月の東京 retail):
- ハイランドパーク 12 年 43% ABV: 約 5,500-6,500 円(Amazon 実売)
- 山崎 12 年 43% ABV: 2026 年 4 月から希望小売 16,000 円、実勢 21,000-25,000 円(供給改善傾向でも 3 倍差)
- Talisker 10 45.8% ABV: 約 5,000-6,000 円(ほぼ同価格帯)
- Lagavulin 16 43% ABV: 約 10,000-13,000 円(2 倍差)
かつて(2018-2020 年頃)、山崎 12 年もハイランドパーク 12 年も同じ 5,500 円前後で並んでいました。ジャパニーズウィスキー needs shock で山崎が 3 倍に上がった今、ハイランドパーク 12 年は「かつての山崎 12 年の価格帯で、別の terroir を飲む」という選択肢に変わりました。これは Orkney の島から見ると偶然の恩恵ですが、飲む側から見ると比較の geometry が変わったということです。
食事対比: dinner 前の食前酒(蜂蜜 + 軽い泥炭が食欲を open します)、スモークサーモンや牡蠣(軽い泥炭が海鮮の brine と共鳴)。山崎 12 年は懐石の後の nightcap 向き(ミズナラの白檀香が抹茶や香煎茶と親和的)。使い分けは明快です。
次にハイランドパーク 12 年を注ぐときに確かめること
もしハイランドパーク 12 年を家にお持ちなら、あるいは初めて Orkney の whisky に触れるつもりなら、舌で確かめてほしいのは 1 つだけ ― 煙は、dram の中にいるか、下にいるか。
12 年を Glencairn に注ぎ、5 分置き、煙を「探さずに」見つけてみてください。探せば見つかります: dry grass、微かな smouldering wool、暖かいヘザー note。探すのをやめると、それは malt と樽の下に滑り込み、前に出てくるのは蜂蜜、baked apple、raisin、そしてわずかな塩気の示唆。これが設計です。泥炭は register、長い夜に付き合えるほど静かに、しかし取り除いたら不在に気づくほどには distinct。3 人の master whisky maker が 35 年間、この比率を守ってきました。それが最も注意深く味わう価値のある部分です。
Gordon Motion は 2008 年から 17 年、80% の unpeated と 20% の Hobbister Moor peat の比率を変えていません。前任の John Ramsay も 17 年変えませんでした。35 年間、2 人のブレンダーが 1 つの比率を守り続けている。ウィスキーの継承は「変えない判断」の連続で、Orkney のヘザー泥炭が今も瓶に入っているのは、35 年間誰も「泥炭を増やそう」とも「減らそう」とも言わなかったからです。次に注ぐときに味わうのは、Viking ではなく、化学を学んだ 2 人の Scot が、恒常性を選んだ 35 年間の帰結です。
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参照
- Highland Park 公式サイト(12 年スペック、80/20 malt policy) ― highlandparkwhisky.com
- Edrington コーポレート(cooperage プログラム) ― edrington.com
- Whisky Magazine on Marc Watson(Motion の後任就任インタビュー) ― whiskymag.com
- Whisky Advocate on Gordon Motion 退任 ― whiskyadvocate.com
- The Macallan / Tevasa cooperage パートナーシップ ― edrington.com
- Wikipedia: Highland Park distillery