宮城峡シングルモルト レビュー ― 軟水と背の高いスチルが作る軽さの工学
自宅、7 月の夜。今夜のグラスは 1 脚だけ、宮城峡シングルモルト を指二本ぶん、加水なしで注ぎました。室温 23℃。ニッカの現行ノンエイジ、45% ABV。余市のレビューを書いた夜に脇役として登場してもらった、あの「右のグラス」を今夜は主役にします。
ノーズの第一声は、皮ごとかじった洋梨 です。それから白桃、レモンとオレンジの皮を親指でこすったときに指に残る油分。果汁ではなく、皮の油。その下に、何も入れる前のオートミールの湯気のような、麦のクリーンな甘さが敷いてあります。煙はほとんど顔を出しません。
余市が「海辺で流木を焚き火にくべた煙」なら、こちらは「果樹園の朝」。同じ会社の、同じ創業者が設計した 2 本が、なぜここまで逆を向いているのか。答えは 軟水・スチーム・スチルの背の高さ、3 つの工学にあります。今夜はその軽さの設計を、瓶の裏側から読みます。

軟水を 3 年探した男
竹鶴政孝は 1934 年、北海道に余市蒸溜所を建てました。冷涼・湿潤・海風・ピート。修行先のスコットランドに似た土地で、石炭直火の重いモルトを作る。ここまでが「日本のウィスキーの父」としてよく語られる前半です。
私が今夜書きたいのは後半です。最初の傑作を作り終えた竹鶴は、次に その正反対を作れる土地 を探し始めます。条件はマッシュ(仕込み)用の軟水。ミネラルの少ない、柔らかい水。この水探しに 3 年かけました。
行き着いたのが仙台近郊、広瀬川と新川(にっかわ)が合流する森の谷です。新川は蔵王の雪解け水を集めて流れる、日本有数の軟水でした。竹鶴が川岸で、持参したブラックニッカを新川の水で割って飲み、その場で立地を決めたという逸話が残っています。執念深い人間はだいたいそういうことをするので、私はこの逸話を信じる側です。
蒸溜所は 1969 年に「仙台工場」として開業し、2001 年、アサヒビールがニッカの経営を引き受けたあとに「宮城峡」へ改称されました。古い本や古いボトルが「仙台」と呼んでいるのはこのためです。
大事なのはここです。竹鶴は保険として 2 つ目の余市を建てたのではありません。意図的な対抗錘(カウンターウェイト) を建てた。余市がニッカに重さを与え、宮城峡が軽さを与える。両方を棚に持つブレンダーは、どちらか片方では絶対に届かない音域に手が届く。「日本のウィスキーの父が美しい渓谷に心を動かされた」というロマン読みより、「一つの会社が味の軸の両端を意図して所有した」という工学読みのほうが、瓶の中身に近いのです。
スチームと『第二の膨らみ』 ― 軽さの工学
2 本のグラスをいちばん大きく分ける一手は、釜の温め方です。
余市は今も 石炭直火 で、職人が手で石炭をくべます。炎が当たる釜底に局所的な高温点ができ、糖とアミノ酸が反応する Maillard 反応(パンの耳やステーキの焼き目と同じ褐変反応)が進んで、ニューポットは重く、香ばしく、油分の多い方向に振れる。
宮城峡はその逆です。スチーム間接加熱 ― 釜のなかに通した蒸気の管で、じんわり、均一に温めます。焦げるような高温点はどこにもできず、Maillard 反応は静かなまま。何も焦げない。他の変数に触れる前の段階で、すでに原酒は軽くクリーンな側に寄っています。
そしてスチルの形。宮城峡のポットスチルは日本でも指折りの大きさで、首が高く、ライン(蒸気の通り道)は上向き。しかも胴の膨らみの上に もう一つ小さな膨らみ が付いた、腰と肩のあるシルエットをしています。この形の目的はただ一つ、reflux(還流)を増やすこと です。
reflux は一文で説明できます。気化したアルコールが高いスチルを登る途中で上部の冷えた銅に触れると、重い成分は液体に戻って釜に落ち、もう一度蒸留され、いちばん軽い蒸気だけが上を越えて凝縮器に届く。スチルが高く、ラインが上向きであるほどこの「落ち戻り」が増えて、原酒は軽く繊細になります。低いスチルに下向きのラインなら重くオイリーなニューポットが出る。宮城峡の背の高いスチルと第二の膨らみと上向きラインは、その正反対です。
| 余市 | 宮城峡 | |
|---|---|---|
| 創業 | 1934 年 | 1969 年 |
| 加熱方式 | 石炭直火(手焚き) | スチーム間接 |
| スチルの形 | ストレートヘッド型・低い | 背が高い・第二の膨らみ・上向きライン |
| 仕込み水 | 沿岸のやや硬い水 | 新川の軟水(蔵王の雪解け水) |
| ニューポットの傾向 | 重い・香ばしい・オイリー | 軽い・華やか・フルーティ |
入口の軟水から出口の reflux まで、宮城峡はすべてのレバーが同じ方向 ― 軽く、フルーティに、花のように ― を指しています。余市はすべてのレバーが逆を指す。2 つの蒸留所、1 つの設計思想、鏡写しの実装です。
余談を一つ。1999 年、ニッカは西宮工場にあった 2 基の Coffey スチル(グレーンウィスキーを作る連続式蒸留塔)を宮城峡に移設しました。竹鶴が繊細なモルトのために選んだ谷は、いまではニッカのブレンデッドの背骨であるグレーン原酒も作っています。竹鶴威と Coffey スチルの記事で書いた、あの蒸留塔の現在地がここです。
グラスのなか ― 洋梨、白桃、遠くの花
体感に戻ります。45% のわりに、口当たりは拍子抜けするほど穏やかです。
ノーズは洋梨と白桃、柑橘の皮の油。奥に麦のクリーンな甘さと、ごく遠くに花。距離感でいえば、手元の花束より 二軒先の花屋 です。宮城峡はライトピートのモルトも使いますが、この瓶のピートは骨組みの一部であって、ブラインドで「煙」と名指しできる量ではありません。
口に含むと、蜂蜜、アーモンドの薄皮、終わり際にクローブとシナモンをひと振り。熱は刺さらず、柔らかく温かい。フィニッシュは中程度でクリーンで、最後に残るのは果実です。
正直に書くと、最初に「ニッカ」の看板を期待して注いだとき、私は 30 秒ほど肩透かしを食らいました。舌が余市の油を覚えていたせいで、宮城峡が「声を荒げない行儀のいい弟」に思えたのです。この反応は罠です。この軽さは、軟水探しに 3 年かけ、背の高い銅のスチル群を建てて、ようやく達成された個性 です。何が「無い」か ― 焦げも、油の重さも、舌の真ん中に居座る密度も無い ― が、そのまま設計の出力になっている。
余市に持ち替えると対比が決まります。同じ 45% なのに、左のグラスは油と香ばしさが舌の真ん中に乗り、流木の煙が後ろに立つ。そのあとの宮城峡は洋梨がいっそう明るく、花がいっそう大きく聞こえる。この 2 本は、別々に飲むより並べて飲むほうが、互いの設計を白状します。
いつ、いくらで、何と飲むか
現行の宮城峡シングルモルトは、2016 年に恒久商品となったノンエイジです。かつての宮城峡 10 年・12 年・15 年は、2010 年代半ばのジャパニーズ原酒不足のなかで終売しました。価格は余市と同じ帯で、定価ベースはおおむね 5,000 円前後。ただし品薄で実勢価格は上回ることが多い、という状況も余市と同じです(正確な価格は時期と店で動くので、最新は購入時にご確認を)。
飲み方は、まず ストレート・常温 から。果実と花が主役なので、冷やすと閉じます。数滴の加水は洋梨をさらに開きますが、最初の一杯はドライで。食事なら、余市が行けない場所へ行けます。刺身、淡い出汁、果実の甘みを立てたデザート。余市は燻製チーズや皮目を香ばしく焼いた魚と握手し、宮城峡は食事の静かな側に寄り添う。同じ会社の 2 本を料理で使い分けられるのは、贅沢な話です。
次に宮城峡を飲むとき、舌で確かめてほしいこと
次にこの一本を開けるとき、煙や重さを探すのはやめてください。それは余市の試験問題で宮城峡を採点する行為です。代わりに 3 つ確かめてほしい。
一つ目は 果実。ドライフルーツや果汁ではなく、洋梨と白桃の、皮ごとの明るい果実か。あの明るさは、新川の軟水と背の高いスチルの共同作業 ― いちばん軽い蒸気だけが選抜され、重いものは釜に置き去りにされた結果です。
二つ目は クリーンさ。「無いもの」に注意を向けてください。焦げが無い、油の重さが無い。その不在は、スチームの管が高温点を作ることを拒み続けた出力です。欠落に見せかけた達成です。
三つ目は reflux の署名。全体の、持ち上がるように軽い感触。第二の膨らみと上向きラインが、重い成分を何度も釜へ突き返した痕跡です。
3 つが揃っていれば、あなたが飲んでいるのは「意図された正反対」です。竹鶴は 2 つ目の余市を建てて保険を倍にすることもできた。そうせず、最初の蒸留所には設計上作れないウィスキーのために、軟水を 3 年探した。次の一杯は、同じ男が自分自身に意図して反論し、両方とも正しかった記録として飲んでみてほしいのです。
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主な参考資料
- 宮城峡蒸溜所 ― ニッカウヰスキー公式:立地・新川の軟水・スチーム間接加熱・スチル形状
- シングルモルト宮城峡 ― ニッカウヰスキー公式:現行ノンエイジの製品情報
- 宮城峡蒸溜所 ― Wikipedia (英語):1969 年開業・2001 年改称・Coffey スチル移設の経緯
- Dave Broom, The Way of Whisky: A Journey Around Japanese Whisky (Mitchell Beazley, 2017)
- Stefan Van Eycken, Whisky Rising (Cider Mill Press, 2017)