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知多シングルグレーン レビュー:福與伸二と『響を支える愛知のサントリーグレーン蒸溜所』、コラムスチル三塔で軽質/中質/重質を作り分ける工学

テイスティング
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自宅、6 月の夜。私はグラスを 2 脚並べて、左に 知多シングルグレーン をロックで、右に ニッカ カフェグレーン をストレートで指二本ぶん注ぎました。室温 23℃。どちらも日本の専業グレーン蒸溜所が瓶詰めしたシングルグレーン、43% ABV と 45% ABV、流通価格もほぼ同じ帯に並ぶ二本です。

ノージングを始めて数秒で、左のグラスからは 冷蔵庫で冷やしたバニラアイスを掬ったあとの、スプーンに残る甘い乳のにおい と、ほのかなオレンジピールの香りが立ち上がります。右のグラスからは 蒸かしたばかりのコーンの粒 と、薄く塗ったメープルシロップの匂い。どちらもトウモロコシ主体で連続蒸留器を回した同じ「グレーンウィスキー」のはずなのに、グラスのなかに閉じ込められた香りは、別のジャンルの飲み物のように離れています。

この差の大半は、蒸留器の本数という一点から来ています。私が今飲んでいる知多シングルグレーンの瓶の中身は、同じ蒸溜所の同じコラムスチルで、塔の本数を変えて作られた、軽質・中質・重質の 3 タイプ のグレーン原酒をブレンドしたものです。サントリーの 知多蒸溜所 は 1972 年から響のために動いてきて、2015 年にようやく自分の名前を瓶に載せました。今夜は、その瓶の裏側に立っている 福與伸二 という人物と、彼が引き継いだ蒸留装置の話を書きます。

知多蒸溜所は「響のために」建てられた

サントリーには、ウィスキーを作る蒸溜所が国内に三つあります。山崎、白州、そして知多。前の二つは麦芽 100% のシングルモルトを作る蒸溜所で、瓶に名前が出ます。三つ目の知多は、長らく名前が出ない側でした。

知多蒸溜所は、1972 年にサントリーと全国農業協同組合中央会(JA グループ)の共同出資会社「株式会社サングレイン」によって愛知県知多市北浜町に設立され、翌 1973 年からグレーンウィスキーの蒸留を開始しました。設立の主導者は二代目社長 佐治敬三。創業者・鳥井信治郎の次男で、サントリーを酒類総合メーカーに育てた人です。彼が知多に作らせたのは、シングルモルトの隣に置く ブレンド用キー原酒の量産拠点 でした。

知多のグレーン原酒は、その後 1989 年に発売された シリーズの骨格として 40 年以上機能してきました。響 17 年・21 年・30 年も、響 BLENDER’S CHOICE も、そして角ハイボールの背景にあるブレンデッドウィスキーも、どこかに知多が入っています。山崎モルトと白州モルトの上に、知多グレーンが「土台」として静かに敷かれている構造です。

輿水精一が 1999 年から 2014 年 9 月まで 4 代目チーフブレンダーとして守り続けた 響 17 年の「どの音も突出させない調和」 も、知多グレーンの均一な土台があって初めて成立する設計でした。瓶のラベルに「Hibiki Japanese Harmony」と書かれているとき、その Harmony の半分以上を占めているのは、愛知県知多市から運ばれてきた、ラベルに名前の出ない原酒です。

コラムスチル 3 種類で 3 タイプを作り分ける

知多蒸溜所がスコッチの典型的なグレーン専業蒸溜所と決定的に違うのは、蒸留塔の本数を変えて 3 種類の異なるキャラクターのグレーン原酒を作り分けている 点です。

ここで用語を整理しておきます。

  • シングルグレーン (single grain whisky):単一の蒸溜所で作られたグレーンウィスキー。複数蒸溜所の原酒を混ぜたものはブレンデッドグレーン。
  • グレーンウィスキー (grain whisky):モルト(大麦麦芽)以外の穀物(トウモロコシ・小麦・ライ麦等)を主原料に、連続式蒸留器で蒸留したウィスキー。
  • コラムスチル (column still / continuous still):連続式の蒸留塔。1830 年にアイルランド人 Aeneas Coffey が改良して特許を取った装置の系譜。複数の段(プレート)の上で液体と蒸気が繰り返し平衡を取り、塔の上に行くほど高アルコール度の蒸気が抜き取れる。
  • ポットスチル (pot still):単式蒸留器。バッチごとに蒸留する。シングルモルト蒸溜所が使う。
  • 軽質グレーン / 中質グレーン / 重質グレーン:蒸留パラメータで作り分けるグレーン原酒の 3 タイプ。クリーン (clean)、ミディアム (medium)、ヘビー (heavy) とも呼ばれる。

知多の連続蒸留器は 全高 30 メートル ある巨大な装置で、原料はトウモロコシ(コーン)を主体に二条大麦の麦芽を糖化用に加えます。ここまではスコッチの Cameronbridge(Diageo 所有、Fife、1824 年創業のグレーン専業蒸溜所)や Strathclyde と同じ。違いはここから先です。

知多は、塔の本数を変えることで、同じ発酵液 (wash) から 3 種類の異なるグレーン原酒を作ります。重質タイプは塔を 2 本通過させて蒸留し、中質タイプは 3 本、軽質(クリーン)タイプは 4 本を通します。通過する塔の数が増えるほど、アルコール度数が上がり、フーゼル油や高沸点エステルなどの コンジナー (congener、エタノール以外の香気成分) が削ぎ落とされ、クリーンで軽い性格になります。逆に塔を少なくくぐらせた重質タイプには、コーンに由来する穀物の甘さや、発酵由来のフルーティーで重い香気がそのまま残ります。

つまり、知多の中では 「同じ蒸溜所で、同じ原料、同じ酵母から、骨格の違う 3 種類のグレーンが流れ出している」 わけです。これに加えて、樽の種類も振り分けます。バーボン樽(American white oak、Q. alba)、スパニッシュオーク樽、ワイン樽。サントリーの公式情報によると、知多シングルグレーンの瓶の中身は 約 10 種類の異なるグレーン原酒をブレンドして 作られています。3 タイプ × 複数の樽種 × 複数の熟成年数の組み合わせ表から、ブレンダーが最終形を組み上げる、という設計です。

福與伸二の判断 ─ 2015 年、ブラックボックスの一部を開ける

ここで主役の人物に入ります。福與伸二。1961 年愛知県生まれ、名古屋大学農学部農芸化学科を卒業して 1984 年にサントリー入社。白州蒸溜所とブレンダー室を経て、1996 年からエジンバラの Heriot-Watt 大学 に駐在し、グラスゴーの Morrison Bowmore Distillers(当時サントリー傘下、Bowmore・Auchentoshan・Glen Garioch を所有)に出向しました。2002 年に帰国、2003 年に主席ブレンダー、2009 年にブレンダー室長となって、輿水精一の後を継ぐ 5 代目チーフブレンダー に就任しています(輿水が「チーフブレンダー」として最終評価者を務めたのは 1999-2014 年 9 月、福與との並立期間が一定あります)。

福與の有名な仕事の一つは、私が以前書いた リフィル樽と再チャー の数理 ─ 痩せた樽をどこまで使い、どこで生まれ変わらせるか、という樽政策の最終判断です。だが、本記事の文脈で見たい彼の判断はもう一つあります。2015 年 7 月、知多シングルグレーンの新発売

2015 年というのは、輿水退任(2014 年 9 月)からほぼ 1 年後です。福與の名前で出た独立 SKU として知多が瓶詰めされたとき、それまで 43 年間ラベルに名前が出てこなかった蒸溜所が、初めて自分の名前で世に出ました。これは単に「新商品を出した」というよりも、サントリーが響シリーズの中身の一部を、独立した瓶として読者に開いた という構造の変化でした。

ブレンデッドウィスキーは、本来ブラックボックスです。「響 17 年」の瓶を開けても、中身が知多何種類と山崎何種類と白州何種類の組み合わせなのかは、外からはわからない。それを響の側に残しつつ、ベース原酒の一つを独立 SKU として瓶詰めする というのは、ブレンドの透明性を一段階上げる戦略判断でした。福與が引き受けた判断のなかで、樽政策と並ぶ「経営×技術」の判断だったと私は読んでいます。

「英雄譚」にはしません。福與は「響を支える天才ブレンダー」ではなく、輿水から受け継いだ知多原酒供給体制を維持しつつ、知多を独立商品として瓶詰めした経営判断者 です。彼がやったのは、すでに 40 年間動いていた蒸留装置の出力を、別の流通経路に乗せた、ということです。

4 つのグレーン戦略 ─ 知多・富士御殿場・Nikka Coffey・Cameronbridge

知多のキャラクターを掴むために、世界の主要グレーン専業蒸溜所と並べてみます。

4 つのグレーン専業蒸溜所のスチル構成と戦略の比較図解。左から、愛知の知多(同形式コラムを 2/3/4 塔で通し分けて軽質・中質・重質を生産)、静岡の富士御殿場(kettle / beer column / Coffey の 3 形式並列の四種スタイル並列工場)、宮城の Nikka カフェ式(1830 年 Coffey 特許の 2 塔式を 1 種類で運用、モルトも Coffey で蒸留)、スコットランド Fife の Cameronbridge(多塔式コラムで中立シングルグレーンを大量・均一に量産)。日本の 3 蒸溜所は「個性を持たせる」方向、Cameronbridge は「個性を消す」方向で対比される。

蒸溜所蒸留器構成戦略主原料
知多日本(愛知)同形式のコラムスチルを 2/3/4 塔で通し分け同じ装置でパラメータを変えて 3 タイプ作り分けコーン + 二条大麦麦芽
富士御殿場日本(静岡)kettle / beer column / Coffey の 3 形式並列形式の違う 3 種類のスチルで 3 タイプを並列生産コーン / 小麦 / モルト
Nikka カフェ式(宮城峡)日本(宮城)1830 年特許の 2 塔式 Coffey still古典的 Coffey still を 1 種類で回す、モルトも Coffey で蒸留コーン / モルト
Cameronbridgeスコットランド(Fife)多塔式コラムスチル中立で目立たないシングルグレーンを大量に均一生産小麦主体

注目すべきは、日本の 3 蒸溜所がそれぞれ違う方法で「グレーンに個性を持たせる」 ことに集中している点です。富士御殿場(田中城太)は形式違いの 3 種類のスチルを並列に並べることで、Scotch 型・Bourbon 型・Canadian 型の 3 系統を同時に生産する。Nikka(竹鶴威)は政孝が 1963 年に Scotland から運んできた古い Coffey still を分解せずに守り続け、モルトまで Coffey で回すという世界的に稀な選択をした。

これに対して知多は、形式を 1 つに揃え、塔の本数 = 蒸留段数を変える、という最もシステマティックな方法を選びました。設備設計の論理から見ると、知多のやり方が最も「製造業の発想」に近い。ベース装置を共通化したうえで、パラメータを動かすだけで複数のキャラクターを引き出せる構造です。佐治敬三が 1972 年に建てた巨大な装置が、半世紀後の今でも全ラインを支えているのは、この設計の堅牢さによるものです。

スコッチのグレーン専業蒸溜所は、まったく別の哲学で動いています。Cameronbridge や Strathclyde は、シングルグレーンとして瓶詰めしたときに「中立で個性が薄い」ことが原則 です。ブレンデッドウィスキーの土台として、モルトの香りを邪魔せず、量と価格を安定させるための装置として最適化されています。日本のグレーンが「個性を持たせる」方向で進化したのとは正反対です。

飲んだときに何が起きているか

ここでもう一度、グラスに戻ります。

知多シングルグレーンを室温 23℃ のロックで飲むと、まず立ち上がるのは 冷蔵庫で冷やしたバニラアイスのスプーンに残る乳のにおい です。これはおそらくバーボン樽から来るバニリン(vanillin、リグニン由来)と、コーン由来の甘さの組み合わせ。次に薄く オレンジピールを乾かしたあとの紙のような苦味 が来ます。これは中質タイプか軽質タイプのコラムスチルが残した、軽い高級アルコール(高沸点エステル系)が、ワイン樽の渋みと噛み合って出てくる印象です。

口に含むと、最初の 2 秒は 温めた牛乳の上層 のような甘さがあり、その後 薄めたシナモンシュガーの紙 のような乾いた香ばしさに切り替わる。フィニッシュは短く、口に残るのは 温めたメープルシロップの最後の一滴 くらいの、軽くて甘い記憶です。

これが、知多の重質タイプ(コーン由来の重さが残る)と、中質タイプ(バランス)と、軽質タイプ(蒸留段数で削ぎ落としたクリーンさ)を、約 10 種類組み合わせた結果として瓶のなかで起きていることです。「グラスの中身は同じ蒸溜所の 3 タイプのブレンドである」と知って飲むのと、ただのグレーンウィスキーとして飲むのとでは、舌の解像度が変わります

「絶妙」とか「奥深い」とは書きません。書いてしまうと、装置の話に戻れなくなるからです。

価格・入手・どう飲むか

知多シングルグレーンの希望小売価格は 700ml で 4,000 円台 ─ 実勢価格はその前後で動きますが、サントリーが「ハイボール用のシングルグレーン」として大衆向け価格帯に置いたボトルです。スコッチのシングルグレーン(Haig Club や Cameronbridge 系統)と比べても、シングルモルトと比べても、価格はかなり穏やかな位置にあります。

私が試した範囲では、ハイボールにすると 3 タイプの構造が最も分離して見えます。冷たく強い炭酸で割ると、軽質タイプの軽さが上に乗り、中質タイプの甘さが舌の中央に残り、重質タイプのコーンの甘さがフィニッシュに来る、という構造が分離して立ち上がります。ロックで飲むと、3 タイプが混ざったまま消えていくので、印象としては「軽い」「甘い」「乾いている」の三語で終わってしまう。ハイボールにすると、その三語を構成している成分が分解して見えてきます。

山崎 12 年白州 12 年 と並べて飲むのも面白い試みです。山崎・白州・知多は響シリーズの 3 つの構成要素 ─ つまり、響を構成する原酒たちを、独立したシングルシリーズとして並べて、ブレンドする前の素材を一つずつ味わうことができる。サントリーが 2015 年以降、知多も独立瓶として出したことで、ようやく 「響というブレンドの設計図を、3 つの原料瓶から逆算する」 ことが消費者の手元で可能になりました。

次に飲むときに、何を確かめるか

知多シングルグレーンを次に飲むときに、私が舌で確かめたいのは、塔の本数の違いがどこに出ているか です。

軽質タイプ(4 塔通過)の名残は、香りの上層 ─ 立ち上がりが速くて、紙やバニラのような乾いた印象。中質タイプ(3 塔)は中盤の甘さ。重質タイプ(2 塔)はフィニッシュに残るコーンの甘さと、わずかなフーゼル油の重さ。この 3 段に分かれて口の中を通過しているはずです。

そして、1972 年に佐治敬三が建てた装置が今も同じ場所で動いている こと、40 年以上ラベルに名前が出なかった蒸溜所が 2015 年に福與伸二の判断で初めて瓶詰めされた こと、輿水精一が 15 年間響を「同じ味」で送り出すために土台として使い続けた原酒の一部を、私は今夜、独立した瓶として飲んでいる こと。この三層を頭の片隅に置きながら飲むと、グラスの中身の解像度がもう一段上がります。

知多のラベルには「from THE House of SUNTORY」と書かれています。佐治敬三が築いた家、輿水精一が守った調和、福與伸二が瓶詰めした土台。その家の地下倉庫の戸を、私たちは一杯ずつ開けています。