リフィル樽と再チャー 3〜4フィル
ウイスキーの樽は、使い捨てではありません。一度詰めて、出して、また詰める。それを何度も繰り返します。けれど、樽は使うたびに痩せていきます。
では、樽は何回まで使えるのか。痩せた樽は捨てるのか、それとも生まれ変わらせるのか。
これは精神論ではありません。減衰する資源をどう配分するか、という在庫の問題です。サントリーでこの問題を引き受けてきたのが、5代目チーフブレンダーの福與伸二です。

樽は何を渡しているのか
ウイスキーの色も香りの相当部分も、蒸留したての無色透明な液体には入っていません。樽の中で時間をかけてオークから染み出してきたものです。

これらが樽から液体側に移ることを、業界では抽出と呼びます。問題は、オークが渡せる在庫が有限だという点です。一度ウイスキーが吸い出した成分は、次の中身には渡せません。
つまり樽は、使うほど痩せます。
何回で「枯れる」のか

この数値は蒸留所・樽材・前回の中身で大きく振れます。業界の一般値として、幅で読んでください。
化学的に言うと、オークラクトンと可溶性タンニンの大半は、最初のバーボン熟成と次のスコッチ熟成で抜けてしまうとされています。2回目、3回目のリフィルが渡せるのは、残りカスに近い。
ここで「では3回で捨てるのか」と計算したくなります。けれど、答えはもう少し先にあります。
再チャー ― 痩せた樽を生まれ変わらせる
捨てる前に、もう一手あります。再チャー(re-char)です。
樽の内側には、製造時に焦がして作った炭の層があります。これをチャーと呼びます。チャーには二つの役割がある。ひとつは硫黄など不快な成分を吸着する活性炭としての役割。もうひとつは、炭層のすぐ下に新鮮な木質を露出させて、抽出可能な成分を供給する役割です。
使い込んだ樽は、この炭層が吸着で飽和し、すぐ下の木質も抜けています。そこで内側を削り直し(デチャー)、もう一度焼く(リチャー)。すると新しい木質層が顔を出し、活性が部分的に戻ります。

再生した樽は、さらに3〜4フィル使えるとされます。良いオーク樽なら、再生を挟みながら長く回す運用も報告されています。
ただし、ここを誤読してはいけません。再チャーは新樽に戻す処理ではありません。 削れる木質には厚みの限界があるし、削れば樽の寿命そのものも縮みます。しかも再生した樽は、元の樽より香りがスパイシーに振れる傾向がある。同じ樽番号でも、再生前と後では別人格です。
サントリーはこの工程を自前の樽工房で持っています。樽の製造・修理・解体までを一貫して抱えるということは、減衰した樽をいつ再生に回すかという判断も、社内の時間軸で握れるということです。
減衰資源のポートフォリオ問題
ここからが核です。
ブレンダーが現実に抱えているのは、一個の樽ではありません。何万という樽の集団です。そのひとつひとつが、別々のフィル世代にいます。新しいファーストフィルもあれば、三度目のリフィルも、再生したばかりの樽もある。抽出力がバラバラの資源が、倉庫の中に分布として存在しています。
目標とする一本の味は、この分布から取り出した樽を配合して作ります。すると問題はこう書き換えられます。
減衰する資源の在庫分布を保有し、目標プロファイルに合わせて配合する最適化問題。
在庫の各単位は時間とともに価値(抽出力)が減衰し、補充(新樽購入・再生)にはコストがかかる。配合は、その時点の在庫分布の中からしか選べません。

「結局どれが正解か」と書きたくなります。けれど、それは罠です。正解は目標プロファイルと在庫制約で変わります。払うものを理解した上で選んでいるか。それが craft と無自覚の差です。
新製品をひとつ出すたびに、この分布が変わります。十年後の配合可能性まで見て、今どの世代の樽を何本作るかを決める。これは料理というより、在庫管理です。
この配分を握っているのが福與伸二

前任は4代目の輿水精一です。輿水の仕事は、響という銘柄で「どの音も突出させない」配合をぶらさず出し続けることでした。福與が引き継いだのは、その配合を可能にする樽在庫そのものの管理です。
原酒不足が語られた時期に、限られた樽の分布をどう配分し、どの樽を再生に回し、どの世代を仕込むか。英雄譚にする話ではありません。減衰資源を冷静に配分し続ける、地味で連続的な判断です。
樽の使い方という観点で並べると、見え方が立体になります。Billy Walker の GlenAllachie は「成熟した原酒をどの樽に詰め替えるか」という樽政策。David Stewart の Balvenie PortWood は「樽を二度使い分ける」発明。この記事はそのどちらとも違い、「同じ樽を何回使い、いつ生まれ変わらせるか」という時間軸の話です。
なぜファーストフィルのボトルは高いのか

ラベルに「ファーストフィル」と書かれたボトルは、たいてい高い。これは希少性の演出ではなく、原価の話です。一度しか使っていない樽は、その後の二度目・三度目に渡せたはずの抽出力を、その一本に集中投下しています。
逆に「リフィル」表記のボトルが軽く、安いことが多いのは、樽が渡せるものが減っているからです。値段の差は、品質の上下ではなく、樽という資源をどれだけ濃く投じたかの差です。 これを知っていると、価格を味のヒントとして読めるようになります。
主な参考資料
- ブレンダー福與伸二氏 ― 萌木の村:1961年愛知県生まれ、名古屋大学農学部農芸化学科、1984年サントリー入社、白州蒸溜所とブレンダー室、1996年渡英(ヘリオットワット大学/モリソンボウモア出向)、2002年帰国、2003年シニアブレンダー、2009年ブレンダー室長・5代目チーフブレンダー
- サントリー福與チーフブレンダー「経済性の視点が壁となり革新を生む」― 日経ビジネス:在庫と経済性の観点
- 新たな個性をつくる、ブレンダーの挑戦 ― サントリー 碧Ao:ブレンダーの配合判断について
- フィル世代ごとの抽出力(4〜5年 / 8〜12年 / 3〜4フィルで枯渇)は業界で広く共有されている経験則で、蒸留所ごとの公表値ではありません。 樽材・前回の中身・保管条件で大きく振れるため、幅として読んでください
関連: 輿水精一と響(この在庫を使う側の仕事)/ Billy Walker の GlenAllachie(詰め替えという樽政策)/ David Stewart の Balvenie PortWood(樽を二度使い分ける発明)/ ミズナラ樽とウィスキー・ラクトン(オークラクトンの側から)