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鳥井信吾 3代目マスターブレンダー

人物
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サントリーの マスターブレンダー と チーフブレンダー は、外から見ると同じ仕事の言い換えに見えます。まったく違う職能です。

ブランドの最終承認と、瓶の中身の最終承認が、人格として分離している。 これがサントリーの構造で、その片側に2002年から座っているのが、創業者の孫にあたる鳥井信吾です。

鳥井信吾(3代目マスターブレンダー、2002年就任)と輿水精一(4代目チーフブレンダー、1999-2014)・福與伸二(5代目チーフブレンダー)の二段構造を示した図解。マスターブレンダーはオーナー家による品質の最終承認、チーフブレンダーは技術側の現場最終責任者という役割分担を、系譜とともに示している。

「マスターブレンダー」は称号ではなく承認権である

マスターブレンダーとチーフブレンダーの職能の違い。マスターブレンダーは創業家(鳥井家・佐治家)が代々名乗ってきた、ウイスキー製造全体の最終承認者で、系譜は初代 鳥井信治郎(1923年 山崎蒸溜所創業)から2代目 佐治敬三、3代目 鳥井信吾(2002年就任)の3代。ブレンドを技術的に毎日触るわけではなく、品質に対する最終責任を社外向けに名乗る役職に近い。チーフブレンダーは技術側の現場最終責任者で社内の技術者から選ばれ、系譜は4代目 輿水精一(1999-2014)から5代目 福與伸二。原酒の評価と調合の物理的な決定を毎日行い、1980年代に独立した職能として設けられた。

マスターブレンダーは創業家の経営者であり、ブレンドを技術的に毎日触る職業ブレンダーではありません。「品質に対する最終責任を、社外向けに名乗る」役職に近い。対してチーフブレンダーは社内の技術者から選ばれ、原酒の評価と調合の物理的な決定を毎日行う。

Master Blender が一人で全責任を負う会社もあります。サントリーは二段に分けた。この分離を理解しないと、輿水精一の仕事も鳥井信吾の仕事も、どちらも半分しか見えません。

化学者として育った、創業家の孫

鳥井信吾の経歴タイムライン。1953年1月生まれ、鳥井家3代目(信治郎→道夫→信吾)。甲南大学を出て南カリフォルニア大学大学院を修了、専攻は微生物遺伝学とされ、酵母や乳酸菌の遺伝形質を分子レベルで扱う発酵工程と直接つながる領域。入社後の最初の配属はワイン部門で、1990年代に蒸留酒部門へ。1992年に取締役。2002年に3代目マスターブレンダーに就任、前年に4代目社長となった佐治信忠(従兄弟)からウイスキーの品質向上の命を受けて。2003年に副社長、2014年に副会長。輿水精一が30年以上ブレンダー専門を積んだ「鼻と舌の人」だったのに対し、鳥井信吾は化学者として品質の構造設計と方針の側から関わる人として育った。

創業者 鳥井信治郎は祖父、2代目社長 佐治敬三は伯父にあたります。

入社後、最初の配属はワイン部門。1990年代に蒸留酒部門へ移り、2002年にマスターブレンダー就任。これだけ並べると経営者の昇進記録ですが、職業としてはずっと醸造側の人だったということになります。「経営の家系に生まれたから創業家ブレンダーをやらされている」というキャリアではありません。

興味深いのは、彼が化学者であって、ウイスキーの官能評価のプロとして育てられたわけではない点です。輿水精一は1973年サントリー入社、ブレンダー専門で30年以上を積み、ブレンダー室長から4代目チーフブレンダーに昇格した「鼻と舌の人」でした。鳥井信吾はそれとは違うキャリアパスで、官能評価の最前線ではなく、品質の構造設計と方針の側から関わる人として育っています。

この補完関係が、2002年から13年続く輿水とのペアワークの土台にありました。輿水が官能評価で「この原酒は響17年に入れる」と決め、鳥井信吾が品質の最終承認をする。輿水が毎年のロット差を吸収して「去年と同じ瓶」を作り、鳥井信吾が「ブランドとして同じであり続ける」方針を保証する。

2002年に、三本が交差した

2002年に交差した三本。血縁は、創業家の3代目であること。鳥井信治郎の孫で、マスターブレンダーは創業家が代々名乗ってきた役職、2代目の佐治敬三から数えて3人目にあたる。経営は、2001年に佐治信忠が4代目社長になったこと。ジャパニーズウイスキーが世界市場で正しく評価されるための布石を打とうとしていた時期で、従兄弟にあたる鳥井信吾に品質保証の対外的な顔役を頼んだ。技術は、輿水精一が就任3年目だったこと。チーフブレンダーの輿水が響17年・21年・30年の現代仕様を精緻化し始めていた時期で、その上に立つ承認者として鳥井信吾が入った。当時、鳥井信吾は49歳、輿水精一は53歳。就任を望んだとも断ったとも、公開された記録には残っていない。

2002年のマスターブレンダー任命は「創業家の血を継ぐ者に名誉職を渡した」のではなく、新社長が信頼できる従兄弟に、品質保証の対外的な顔役を頼んだという、近い親族間での経営判断でした。

ここに「天才ブレンダーの抜擢」のようなドラマはありません。血縁・経営・技術の三本が、それぞれ自然な事情で2002年に交差した結果として、鳥井信吾は3代目マスターブレンダーになりました。淡々と業務として承継した、というのが実態に最も近いはずです。

響17年を止めた判断は、誰の手にあったか

輿水精一の記事で、響17年が2018年に販売休止となったことについて「変えなかったものを、売らなくなることでしか守れない」と書きました。あの判断の最終承認者は、構造上、鳥井信吾です。

響17年の販売休止に至る意思決定の流れ。まず技術側の判断として、5代目チーフブレンダーの福與伸二が在庫構造的に響17年の調合方針を保てないと判断した。輿水はすでに名誉チーフブレンダーに退いていた。技術的には可能だった選択として、若い原酒を混ぜて17年表記を続けることはできたが、それは輿水期から15年守ってきた「同じ味」の前提を裏切ることになる。承認されなかったのは延命であって、鳥井信吾が承認しなかったのは調合方針を変えての延命であり、終売そのものは消極的な選択肢だった。否定形の判断。結果として2018年5月15日に販売休止が発表され、同年9月ごろ休売となった。経営者として見れば短期的に売上を失う決断であり、マスターブレンダーとして見れば「同じ味であり続ける」約束を守る決断でもあった。二段構造を一人が兼ねているからこそ可能だった、会社固有の判断。

重要なのは、**鳥井信吾が「響17年を止めた」のではなく、「響17年の調合方針を変えてまで延命することを承認しなかった」**という、否定形の判断だったことです。若い原酒を混ぜれば17年表記を続けることは技術的には可能でしたが、それは輿水期から15年守ってきた「同じ味」の前提を裏切ります。彼が承認しなかったのは延命であって、終売そのものは消極的な選択肢でした。

これを「英断だった」と書きたい誘惑は留保します。彼が承認したのは自社の主力ブランドの一つを棚から下げる判断で、副会長の経営者として見れば短期的には売上を失う決断です。同時に、マスターブレンダーとして見れば「同じ味であり続ける」という創業以来の約束を守る決断でもある。

経営者として痛む手と、ブランド承認者として整合する手を、同時に動かす立場にいたからできた決断だったとは言えます。ただ、それを「英断」と呼ぶのは少し違う。むしろ、二段構造を一人の人間が兼ねているからこそ可能だった、会社固有の意思決定です。

「変えない」と「更新する」を同時に走らせる

鳥井信吾の在任年表。1953年生まれ、南カリフォルニア大学大学院で微生物遺伝学を修了、サントリー入社後はワイン部門から蒸留酒部門へ、1992年取締役、2002年に3代目マスターブレンダー就任、2003年副社長、2014年副会長(輿水退任と同時期)、2018年に響17年が販売休止、2021年に響BLOSSOM HARMONY 発売で桜樽を初導入、という事実を時系列で示している。

響という銘柄の下で、二つの逆向きの操作が同時に走っています。

Japanese Harmony は「変えない」側です。年数表記を持たないぶん、毎年のロット差をチーフブレンダーが吸収し、去年と同じ profile を出し続ける。

BLOSSOM HARMONY のような限定リリースは「更新する」側です。桜樽のような新しい変数を入れて、ブランドの輪郭を広げにいく。

この二つを同時に走らせられるのは、「同じであり続ける」ことの承認と「新しいものを出す」ことの承認が、同じ人格の中にあるからです。技術側だけで判断すると、変えないほうに寄りすぎる。経営側だけで判断すると、新しいほうに寄りすぎる。二段構造は、その両方に決裁が要る形にしてあります。

見えない承認の連続として在ること

鳥井信吾の名前は、ラベルの前面には出ません。彼が毎日ブレンドの現場に立っているわけでもない。

それでも、響17年を延命しないという決定も、桜樽を試すという決定も、彼の承認を通っています。 創業家のブレンダーという役職の実質は、称号ではなく承認権です。何を通し、何を通さないか。その連続が、棚に並ぶ瓶の輪郭を決めている。

輿水が「変えない責任」を引き受け、福與が「限られた在庫を配分する責任」を引き受け、その上で鳥井信吾が「ブランドとして何を許すか」を引き受ける。三人の責任は種類が違うだけで、上下ではありません。


主な参考資料

関連: 輿水精一と響(技術側の「変えない責任」)/ 福與伸二と樽在庫(その配合を可能にする在庫の管理)/ 山崎・白州・響の三つの答え(3本を並べて読む)/ 鳥井信治郎と竹鶴政孝の10年契約(祖父の代の話)