鳥井信吾 3代目マスターブレンダー
サントリーの マスターブレンダー と チーフブレンダー は、外から見ると同じ仕事の言い換えに見えます。まったく違う職能です。
ブランドの最終承認と、瓶の中身の最終承認が、人格として分離している。 これがサントリーの構造で、その片側に2002年から座っているのが、創業者の孫にあたる鳥井信吾です。

「マスターブレンダー」は称号ではなく承認権である

マスターブレンダーは創業家の経営者であり、ブレンドを技術的に毎日触る職業ブレンダーではありません。「品質に対する最終責任を、社外向けに名乗る」役職に近い。対してチーフブレンダーは社内の技術者から選ばれ、原酒の評価と調合の物理的な決定を毎日行う。
Master Blender が一人で全責任を負う会社もあります。サントリーは二段に分けた。この分離を理解しないと、輿水精一の仕事も鳥井信吾の仕事も、どちらも半分しか見えません。
化学者として育った、創業家の孫

創業者 鳥井信治郎は祖父、2代目社長 佐治敬三は伯父にあたります。
入社後、最初の配属はワイン部門。1990年代に蒸留酒部門へ移り、2002年にマスターブレンダー就任。これだけ並べると経営者の昇進記録ですが、職業としてはずっと醸造側の人だったということになります。「経営の家系に生まれたから創業家ブレンダーをやらされている」というキャリアではありません。
興味深いのは、彼が化学者であって、ウイスキーの官能評価のプロとして育てられたわけではない点です。輿水精一は1973年サントリー入社、ブレンダー専門で30年以上を積み、ブレンダー室長から4代目チーフブレンダーに昇格した「鼻と舌の人」でした。鳥井信吾はそれとは違うキャリアパスで、官能評価の最前線ではなく、品質の構造設計と方針の側から関わる人として育っています。
この補完関係が、2002年から13年続く輿水とのペアワークの土台にありました。輿水が官能評価で「この原酒は響17年に入れる」と決め、鳥井信吾が品質の最終承認をする。輿水が毎年のロット差を吸収して「去年と同じ瓶」を作り、鳥井信吾が「ブランドとして同じであり続ける」方針を保証する。
2002年に、三本が交差した

2002年のマスターブレンダー任命は「創業家の血を継ぐ者に名誉職を渡した」のではなく、新社長が信頼できる従兄弟に、品質保証の対外的な顔役を頼んだという、近い親族間での経営判断でした。
ここに「天才ブレンダーの抜擢」のようなドラマはありません。血縁・経営・技術の三本が、それぞれ自然な事情で2002年に交差した結果として、鳥井信吾は3代目マスターブレンダーになりました。淡々と業務として承継した、というのが実態に最も近いはずです。
響17年を止めた判断は、誰の手にあったか
輿水精一の記事で、響17年が2018年に販売休止となったことについて「変えなかったものを、売らなくなることでしか守れない」と書きました。あの判断の最終承認者は、構造上、鳥井信吾です。

重要なのは、**鳥井信吾が「響17年を止めた」のではなく、「響17年の調合方針を変えてまで延命することを承認しなかった」**という、否定形の判断だったことです。若い原酒を混ぜれば17年表記を続けることは技術的には可能でしたが、それは輿水期から15年守ってきた「同じ味」の前提を裏切ります。彼が承認しなかったのは延命であって、終売そのものは消極的な選択肢でした。
これを「英断だった」と書きたい誘惑は留保します。彼が承認したのは自社の主力ブランドの一つを棚から下げる判断で、副会長の経営者として見れば短期的には売上を失う決断です。同時に、マスターブレンダーとして見れば「同じ味であり続ける」という創業以来の約束を守る決断でもある。
経営者として痛む手と、ブランド承認者として整合する手を、同時に動かす立場にいたからできた決断だったとは言えます。ただ、それを「英断」と呼ぶのは少し違う。むしろ、二段構造を一人の人間が兼ねているからこそ可能だった、会社固有の意思決定です。
「変えない」と「更新する」を同時に走らせる

響という銘柄の下で、二つの逆向きの操作が同時に走っています。
Japanese Harmony は「変えない」側です。年数表記を持たないぶん、毎年のロット差をチーフブレンダーが吸収し、去年と同じ profile を出し続ける。
BLOSSOM HARMONY のような限定リリースは「更新する」側です。桜樽のような新しい変数を入れて、ブランドの輪郭を広げにいく。
この二つを同時に走らせられるのは、「同じであり続ける」ことの承認と「新しいものを出す」ことの承認が、同じ人格の中にあるからです。技術側だけで判断すると、変えないほうに寄りすぎる。経営側だけで判断すると、新しいほうに寄りすぎる。二段構造は、その両方に決裁が要る形にしてあります。
見えない承認の連続として在ること
鳥井信吾の名前は、ラベルの前面には出ません。彼が毎日ブレンドの現場に立っているわけでもない。
それでも、響17年を延命しないという決定も、桜樽を試すという決定も、彼の承認を通っています。 創業家のブレンダーという役職の実質は、称号ではなく承認権です。何を通し、何を通さないか。その連続が、棚に並ぶ瓶の輪郭を決めている。
輿水が「変えない責任」を引き受け、福與が「限られた在庫を配分する責任」を引き受け、その上で鳥井信吾が「ブランドとして何を許すか」を引き受ける。三人の責任は種類が違うだけで、上下ではありません。
主な参考資料
- 鳥井信吾 ― Wikipedia:1953年1月18日生まれ、甲南大学卒、南カリフォルニア大学大学院修了、1992年取締役、2002年3代目マスターブレンダー就任、2003年副社長、2014年副会長。創業者 鳥井信治郎は祖父、2代目社長 佐治敬三は伯父
- サントリーホールディングス副会長 三代目マスターブレンダー 鳥井信吾 氏 ― FACTA ONLINE:マスターブレンダーとしての役割
- 佐治信忠から鳥井信宏へ ― FACTA ONLINE:創業家の系譜と社長交代の文脈
- オピニオンスライス 鳥井信吾さん ― 大阪弁護士会 会報:経歴と本人談
- サントリー「響17年」販売休止 ウイスキー原酒不足 ― 日本経済新聞:2018年5月15日発表、白州12年は6月ごろ、響17年は9月ごろ販売休止
- 先駆者たちの物語 〜The Suntory Family〜 ― サントリーホールディングス:創業家の系譜
関連: 輿水精一と響(技術側の「変えない責任」)/ 福與伸二と樽在庫(その配合を可能にする在庫の管理)/ 山崎・白州・響の三つの答え(3本を並べて読む)/ 鳥井信治郎と竹鶴政孝の10年契約(祖父の代の話)