← 記事一覧に戻る

竹鶴ピュアモルト レビュー ― 佐久間正が2020年に余市比率を上げた判断と、二つの蒸留所が一本になる工学

テイスティング
竹鶴竹鶴ピュアモルトTaketsuru Pure MaltNikka竹鶴政孝佐久間正余市宮城峡blended maltJapanese whisky

木曜の夜、自宅で私はグラスを 3 脚並べました。左に 余市シングルモルト、右に 宮城峡シングルモルト、真ん中に 竹鶴ピュアモルト(2020 年リニューアル版、43% ABV)。どれも指二本ぶん、加水なし、室温 23℃。左右の 2 本は先月と先々月にこのサイトで書いたばかりで、舌が構造を覚えています。今夜はその真ん中の一本が、両側の 2 本をどう束ねているかを確かめる会です。

ノーズを 3 脚に順に近づけていくと、左は「海辺の焚き火と潮」、右は「洋梨と白桃、二軒先の花屋」、真ん中は明らかに左寄りに椅子を引いています。乾いた煙とシェリー樽の干し葡萄 が先に立ち上がり、その奥から宮城峡の洋梨が遠慮がちに顔を出す。左右の中点にはいません。中点よりやや左、余市の油の重さのほうへ 2 センチほど寄っている。

この 2 センチが、2020 年 9 月に 佐久間正(当時のニッカのチーフブレンダー)が下した判断の実測値です。今夜はその 2 センチを、政孝の哲学から瓶の裏側まで遡って読みます。

チャコール地に、「竹鶴ピュアモルト ― 二つの蒸留所が一本になる工学」というタイトルと、2020(17年/21年/25年終売の年)、2(余市+宮城峡)、43%(ABV)の3つの指標をアンバー色で並べた記事ヒーロー画像。「政孝の『二つで一つ』哲学が43%という度数で握手する」というサブコピーが添えられている。

竹鶴政孝の「二つで一つ」哲学

用語を先に一つ置きます。ピュアモルト は日本の慣用表記で、スコッチの ブレンデッドモルト(旧・ヴァッテッドモルト)と同じ意味です。複数の蒸留所のモルト原酒を混ぜたウイスキーで、グレーンは入らない。単一蒸留所のモルトのみを瓶詰めする シングルモルト の対極にあります。

シングルモルトが一つの蒸留所の個性を単独で聴く音楽だとすると、ピュアモルトは複数の楽器で和音を作る音楽です。世界の多くの飲み手はモルトといえばシングルを指しますが、これは 1980 年代以降の販売戦略が作った流行で、竹鶴政孝が学びに行った 1920 年代のスコットランドでは、モルトはむしろ「複数を混ぜてこそ完成する」ものと理解されていました。

政孝は 1918-1920 年のスコットランド滞在ノートに、蒸留の技法だけでなくブレンドの理屈を克明に書き残しています。彼が理解した中核は素朴で、しかし後戻りできないものでした。一つのモルトでは味が完結しない。重いモルトには軽いモルトが必要で、燻したものには花のようなものが必要で、両者を組み合わせて初めて 1 本のウイスキーが立体になる ― この思想が、1934 年に彼が北海道に余市を建て、1969 年にわざわざ 3 年かけて軟水を探して宮城峡を建てた根拠です。

つまり 余市と宮城峡は、片方だけで完成しないように設計された兄弟 です。片方は石炭直火で釜底に高温点を作り、Maillard 反応で油の重いモルトを作る。もう片方はスチーム間接加熱と背の高いスチルで、reflux(還流)を増やし、軽く華やかなモルトを作る。この対比は物理的な設計そのものが「いつか一本になる前提」で敷かれた設計です。政孝のスコットランドノートを、このサイトで詳しく書いた通り、彼が持ち帰ったのは蒸留法だけではなく「二つを一つにする」ためのブレンド思想でした。

竹鶴ピュアモルトは、その哲学がラベル 1 枚に凝縮された銘柄です。名前が創業者の姓そのもの、というだけの話ではありません。この一本は、政孝が余市と宮城峡という物理的な二拠点で 35 年かけて用意した和音を、瓶の中で鳴らすためだけに存在します

2020 年 ― 佐久間正が「余市寄り」に振り直した理由

いま棚で 3,000 円台〜 6,000 円台で買える竹鶴ピュアモルトは、2020 年 9 月に発売された リニューアル版 です。それより前(2015 年から 2020 年 3 月まで)にも、同じ名前の別のレシピが存在しました。この二つは同じ名前ですが、中身が違います。

2020 年 1 月 16 日、アサヒビールが公式に発表しました。竹鶴 17 年 / 21 年 / 25 年 の 3 本を 2020 年 3 月 31 日で全て終売する。同時に、既存の NAS 版竹鶴ピュアモルトも一旦販売を止め、9 月にレシピを刷新した新版を出す。

3 本の年数表記が同時に消えた理由は身も蓋もなく単純で、17 年前・21 年前・25 年前に仕込んだモルト原酒の量が、需要に追いつかなくなったからです。2010 年代半ば、山崎 12 年や響 17 年と並んでジャパニーズウイスキーが世界的なブームに乗り、17 年物のモルトを毎年一定本数出荷し続けるだけの在庫が、日本にどこにも残らなくなった。ニッカ以外のメーカーも同時期に同じことをしています。サントリーの 響 17 年や白州 12 年も終売と復活を繰り返し、日本のウイスキーは全体として「年数表記を外して原酒配分の自由度を取る」方向に動きました。

ここで、政孝のブレンド哲学が現代のブレンダーに対して持つ意味が変わります。年数を書ける時代なら、「17 年物の余市モルトと 17 年物の宮城峡モルトを組み合わせて 17 年の和音を作る」で済みました。年数が外れた瞬間に、ブレンダーは 原酒の年齢構成そのものを毎バッチ設計する 立場に置かれます。この重い設計判断を引き受けたのが、当時のチーフブレンダー 佐久間正 でした。

佐久間は 2012 年から 2020 年までニッカのチーフブレンダーを務めた人物で、竹鶴 2020 年版のレシピは彼が定めた最後の主力ブレンドの一つです(翌 2021 年に 尾崎裕美 が跡を継ぎます)。アサヒビールの公式リリースは、リニューアルの意図をこう説明しました。余市モルトの原酒使用比率を高め、余市のシェリー樽原酒と余市のピート原酒を軸に据え直す。宮城峡の華やかさを土台に、余市のコクと香ばしいピートを乗せる。旧レシピが宮城峡寄りに聞こえていたのを、はっきり余市側に椅子を引いた形です。

なぜ余市に寄せたか。私はここに、佐久間の技術的な誠実さを見ています。年数表記を外した瞬間に、飲み手は「価格に見合った密度」を舌で探し始めます。若い原酒を使うほど瓶の中の情報量は減る。若い宮城峡モルトは、若いままだと洋梨の輪郭が細くなり、頼りない。しかし若い余市モルトは、石炭直火由来の油と Maillard 反応の香ばしさが「若さ」を隠してくれる。熟成年数の記号が消えた後の一本を、密度で立たせるための工学的判断として、余市比率を上げる選択は筋が通っています。

同時に、余市に寄せることは「創業者の名を冠する銘柄は、創業の地の味に寄せる」という物語的整合でもあります。竹鶴政孝がスコットランドから帰って最初に建てた蒸留所は余市であり、宮城峡はその 35 年後です。創業者の名を冠する一本が、創業の火に寄って立つ。技術と物語の両輪が、同じ側に椅子を引いていました。

43% という度数 ― 「ちょうど届く」を選んだ設計

もう一つ、ラベルの数字を読みます。43% ABV。日本のスタンダードなブレンデッドは 40% が多く、43% はそれより 3 パーセントポイントだけ高い、控えめな上振れです。

3 ポイントは小さく見えますが、官能的にははっきり違います。40% だと香りが「距離のある匂い」として立ち上がるのに対し、43% は同じ香りが「グラスの縁のすぐ内側にある」ように近づく。フィニッシュも 2〜3 秒長く持つ。フロム・ザ・バレルの 51.4% のように「まず刺す」ほどの強度はなく、加水なしで食事の途中でも食後の一杯でも届く度数。ニッカの伝統的なフラッグシップ度数で、シングルモルト余市 / 宮城峡の 45% よりわずかに下、標準的な 40% よりわずかに上に置かれています。

これは政孝の「二つを一つに」の哲学と地続きです。ブレンダーが樽の前で確かめた濃度を、加水で薄めきる前に飲み手の舌まで届ける。43% はその「届く最短距離」として選ばれた数字です。

グラスのなか ― 煙、干し葡萄、そして遠くの洋梨

体感に戻ります。真ん中のグラスから。

ノーズは、まず 温めた蜂蜜と焼いたリンゴ。数秒置くと、その裏から乾いた煙が立ち上がります。焚き火の火が消えたあと、燃え残りに近づいたときに鼻に届く、あの油分を含んだ煙です。同時に 干し葡萄をオーブンで軽く温めた甘さ(これは余市のシェリー樽原酒の署名)が座り、いちばん遠くに、宮城峡の白桃と洋梨が薄い一枚として敷いてあります。40% のスタンダードにはできない、香りの層構成です。

口に含むと、最初に 舌の中央 に油の重さが乗ります。これは余市の Maillard 反応が作る、香ばしい炭化物のヒントで、口の粘膜に密着します。少し遅れて、その油の上を 軽い果実 が滑る ― この滑り方は明らかに宮城峡の reflux が生んだ軽さで、余市の油だけでは絶対にできない動きです。フィニッシュはミディアム。潮を含んだ煙が薄く残り、干し葡萄の甘さが 5 秒くらい遅れて戻ってきます。

正直に書きます。最初の一杯目、私は少し戸惑いました。3 グラス並べた実験の狙いは「真ん中が両側の中点になっているか」の確認だったのに、真ん中のグラスは中点よりはっきり左(余市)寄りに座っていたからです。旧版(2015-2020 年)の記憶がある飲み手ほど、この 2020 年版は「余市が前に出過ぎ」と感じる可能性があります。

しかし 2 杯目でこの反応は消えました。中点を狙わないことこそが、佐久間の設計判断だった と気づいたからです。完全な中点は薄い妥協の味になり、左右を交互に飲むのと変わらない。ブレンダーが 2 本のモルトから 1 本の和音を作るとは、均等に鳴らすことではなく、一方に基音を置いて、もう一方を上音として重ねる ことです。竹鶴ピュアモルトは余市を基音、宮城峡を上音として設計されていました。43% は、その和音の音量ツマミです。

比較のために左右のグラスに戻ると、対比がさらに立ちます。左の余市単独は、フィニッシュに宮城峡的な軽さが「無い」。右の宮城峡単独は、余市的な煙は「無い」。真ん中の竹鶴は、余市の油の上に宮城峡のフルーツが載る、両方の「無いもの」が埋まった一本です。竹鶴という設計が本当に成立していることを、余市と宮城峡の欠落を通して逆側から証明する飲み比べでした。

いつ、いくらで、何と飲むか

2020 年リニューアル版の発売時、参考小売価格は 7,000 円(700ml)。現在は流通環境と時期で動きますが、実勢価格はおおむね 5,000〜7,000 円台 に落ち着いています。旧・竹鶴 17 年(終売時の参考価格 8,000 円)より若干下、シングルモルト余市 / 宮城峡(5,000 円前後)より若干上、というポジションです。年間生産量は海外向けを合わせて 30,000 ケース程度と公表されており、希少品というほどではないものの、大手酒販店で「常時棚にある」レベルの流通量でもありません。見かけたら買っておくのが安全な部類です。

飲み方は、まず ストレート・常温。43% は加水なしで一番設計が見える度数です。数滴の加水で余市のシェリー樽の甘さがさらに開きますが、最初の一杯は乾いた状態で。ロックは温度で香りの層が閉じるので向きません。ハイボールは可能ですが、43% の情報量を炭酸で薄めるのは惜しく、40% のスタンダードで済ませたい仕事です。

食事なら 香ばしい炭火焼き(焼き鳥のタレ、鶏皮、豚バラの塩焼き)。余市の油と Maillard 反応が、動物性脂肪の焼き目と物理的に握手します。デザートなら 干し葡萄を使った洋菓子ダークチョコレート。シェリー樽の甘さが皿の上でもう一度反響します。

次に竹鶴ピュアモルトを開けるとき、舌で確かめてほしいこと

3 つあります。

一つ目は 基音と上音の階層。中点を探さないでください。舌の中央に乗る油の重さ(余市)を基音として聴き、その上を滑る軽い果実(宮城峡)を上音として拾う ― この階層関係が聞こえれば、あなたは佐久間の 2020 年判断を舌で再現しています。

二つ目は 煙の質。アイラ的な正露丸の煙ではなく、焚き火が消えたあとの油分を含んだ煙です。余市のヘビーピートモルトが石炭直火の釜で加熱されたときにしか出ない質の煙で、日本のジャパニーズウイスキーではここでしか出会えません。

三つ目は 時間差の展開。ノーズから口、口からフィニッシュまで、余市の油 → 宮城峡のフルーツ → 余市の煙、という往復運動が起きます。単独のシングルモルトでは絶対に起きない、二拠点ブレンドだけが持つ時間軸です。もし一本調子に感じたら、グラスの中で数分待ってからもう一度嗅いでみてください。43% の香りは 3 分後にもう一段開きます。

3 つが揃っていれば、あなたが飲んでいるのは政孝が 1920 年代にスコットランドで理解した設計思想と、佐久間が 2020 年に原酒不足の現実のなかで再定義したレシピが、43% という度数で握手した一本です。

竹鶴政孝は「創業者の物語」の看板になりがちですが、この銘柄を飲むと、彼が本当に日本のウイスキーに持ち込んだのは「二つの蒸留所を持ってブレンドで組む」というインフラそのものだったと分かります。次の一杯は、そのインフラが 90 年後に一本に凝縮された記録として、味わってみてください。


このボトルを試す

アフィリエイトリンクです。リンク経由で購入された場合、LegacyDram が紹介料を受け取ります。読者の支払額は変わりません。20 歳未満の飲酒は法律で禁止されています。

関連記事

主な参考資料

よくある質問

竹鶴ピュアモルト(2020年リニューアル)はどんな味?
2020年リニューアル版は、余市モルトの比率が上がった影響で、 焚き火の残り香のような乾いた煙とシェリー樽由来の干し葡萄の 甘さが前に出ています。ノーズは温めた蜂蜜と焼いたリンゴ、 口に含むと余市の油の重さが舌の中央に乗り、宮城峡の洋梨と 白桃の明るさがその上を軽くなで、余韻に潮を含んだ煙が残る、 という順で味が展開します。43% ABVで刺さらず、加水なしで 飲める設計です。
2020年のリニューアルで何が変わった?
アサヒビール(ニッカ親会社)の2020年1月16日リリースでは、 余市モルトの原酒使用比率を上げ、余市のシェリー樽原酒と ピート原酒を軸に据え直したと発表されました。旧・竹鶴 ピュアモルト(2015-2020年3月)は宮城峡寄りのバランスで、 新版は余市寄りの重心。旧版は2020年3月31日で終売、新版は 2020年9月に恒久商品として発売されています。当時の チーフブレンダーは佐久間正(2012-2020年在任)でした。
竹鶴17年/21年/25年が終売した理由は?
17年以上熟成されたモルト原酒の供給不足です。2010年代半ばから 国内外のジャパニーズウイスキー需要が急拡大し、17年前に 仕込んだ原酒の量では安定供給が保てなくなりました。ニッカは 2020年3月31日で3本(17年・21年・25年)の年数表記竹鶴を 揃って終売し、代わりに原酒調整に自由度のあるNAS(ノン エイジ)一本に集約する判断を下しました。
「ピュアモルト」とは何?シングルモルトと違う?
ピュアモルトは日本の慣用表記で、スコッチの「ブレンデッド モルト(旧・ヴァッテッドモルト)」と同じ意味です。複数の 蒸留所で作られたモルト原酒をブレンドしたウイスキーで、 グレーン原酒は入りません。1蒸留所のモルトのみで作る シングルモルトとは違い、竹鶴ピュアモルトは余市と宮城峡の 2蒸留所のモルトから作られています。この「複数のモルトを あえて混ぜる」設計思想が、竹鶴政孝がスコットランドから 持ち帰った哲学の中核です。