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David Stewart と Balvenie 21 PortWood ― 「二度樽熟成」という発明と、60年で2人の後継者を育てた男

人物
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私の棚の Balvenie 21 PortWood は、開封してから1年半経った瓶です。指三本分注ぐ夜が月に1回くらいあって、減りが遅い。減らない理由は値段ではなく、口に含むたびに「これは1996年に David Stewart が商品化したものだ」と毎回思い出してしまうからです。

思い出してしまうと、ただ飲むのが難しくなる。Stewart は2023年秋に Balvenie の Malt Master を後継の Kelsey McKechnie に譲り、その時点で William Grant & Sons 在籍が 61年になっていました。62年勤続でリレーされたものを、私は3年熟成のポートワインカスクの中で味わっている。この距離感は、瓶の値段ではない別の重さを持ちます。

David Stewart MBE の William Grant & Sons 勤続62年 (1962年から現在まで) を示すキャリア指標図。1962年に17歳でapprenticeとして入社し、2023年秋にBalvenie Malt Master をKelsey McKechnieに譲渡してからも Honorary Ambassador として在籍を継続している。1996年に Balvenie 21 PortWood を商品化し、1980年代に開発した「二度樽熟成 (cask finishing)」を業界に持ち込んだ。Glenfiddich Malt Master を Brian Kinsman へ (2009年)、Balvenie を Kelsey McKechnie へ (2023年) と2人の後継者を育てた、一人で発明しふたりを育てた男のキャリア。

1996年 ― 「カスクフィニッシュ」がまだ業界用語ではなかった頃

Balvenie 21 PortWood の発売は1996年です。Balvenie のシングルモルトを伝統的なバーボン樽で20年以上熟成させたあと、ポートワインを長期間入れていたポートパイプ樽に移して数ヶ月から数年「仕上げ」る。今のスコッチ業界では当たり前の手法ですが、1996年時点でこの工程を商品ラインの主軸に据えたメーカーは存在しなかった。

Stewart の発明はもう少し早く、1980年代に遡ります。彼が「シングルモルトを別の樽に移して二段階で熟成させる」という発想を持ち込んだのが1980年代で、最初の商業化は1993年の Balvenie DoubleWood 12 でした。バーボン樽で12年熟成させたモルトをオロロソシェリー樽に移して数ヶ月仕上げる。この瓶が業界に与えた衝撃は、現代のシングルモルト棚を見れば測れます。「Sherry Cask Finish」「Port Cask Finish」「Madeira Finish」「Marsala Finish」という棚の半分は、1993年の DoubleWood 以降に成立した語彙です。

スコッチ蒸留所の熟成庫の中央通路を写した写真と、David Stewart が 1980 年代に持ち込んだ『二度樽熟成 (Cask Finishing)』の発明を解説するテキストパネルを左右に並べた figure。両側に何段にも積み上げられたバーボン樽が奥行き方向に整列し、その間に通路が抜けている。バーボン樽で長期熟成させたモルトをポートパイプ樽やシェリー樽など別の樽に移して仕上げる工程は、1993年の Balvenie DoubleWood 12 で初めて商業化され、1996年の 21 PortWood で20年熟成モルトに適用された。Photo by fred crandon on Unsplash。

12年の apprenticeship — Malt Master になるまでにかかった時間

Stewart が William Grant & Sons に入社したのは 1962年、17歳のときです。最初の肩書きは apprentice (見習い) で、ノージング (香りでウイスキーを判定する技術) とブレンディングを学ぶ12年間が続きました。Malt Master に就任したのは 1974年、つまり29歳のときです。

この「12年見習い」の数字は、Stewart の仕事を理解するために重要だと私は思っています。1962年に Sandy Grant Gordon が世界初のシングルモルト商業化として Glenfiddich 12 を出した、その翌年に Stewart は入社している。シングルモルトという商品群の最初の60年は、ほぼ Stewart 一人のキャリアと重なっています。彼が見習いだった時期にこの市場自体が生まれ、Malt Master になった頃に商品ラインが軌道に乗り、1980-90年代に彼の発明 (二度樽熟成) で表現の語彙が一段拡張された。

12年というのは、ある工程に対する責任を一人の人間が持てるようになるまでに必要な時間として、現代の知識労働ではあまり聞かなくなった単位です。

Glenfiddich 12 を Kinsman へ、Balvenie を McKechnie へ

Stewart は William Grant & Sons の Master Blender も兼任していました。同社の主力 Glenfiddich 12 の連続性を維持する責任も彼にあった。2009年、Stewart は Glenfiddich の Malt Master を Brian Kinsman に正式に引き継ぎます。Kinsman はそれまでに William Grant 内で12年間 Stewart の隣でテイスティングをしてきた、唯一の長期メンティーでした。Stewart が見習いとして始めた12年と、Kinsman が見習いとして過ごした12年が同じ長さなのは、偶然ではないと思います。

2009年の時点で Stewart 自身は Balvenie の Malt Master に専念し、その役割を14年続けます。2018年、Kelsey McKechnie が apprentice malt master として Stewart の下に入る。当時 Kelsey は26歳でした。2023年秋、Stewart は Balvenie の Malt Master を Kelsey に正式に譲渡します。Kelsey は Balvenie 史上初の女性 Malt Master であり、Stewart 自身が apprentice として入った1962年から数えてちょうど 61年目の引き継ぎでした。

つまり Stewart は60年強のキャリアの中で、2つの蒸留所の Malt Master を、それぞれ12年・5年の見習い期間を経た後継者にリレーしている。一人で発明し、二人を育てて、両方を引き継ぎ完了させてから降りた。これが彼のキャリアです。

私が Balvenie 21 PortWood を「過小評価」できない理由

棚の Balvenie 21 PortWood の話に戻ります。この瓶は値段で言えば3万円弱の、シングルモルトとしては標準的な「ちょっと特別な日に開けるレンジ」の1本です。21年熟成にしては安いとも言えます。

しかし「カスクフィニッシュ」が業界に存在しなかった時代に、それを商品として成立させ、20年熟成のバーボン樽モルトをポート樽で仕上げるという工程を最初に商業ラインに載せた人物の発明が、1996年から30年経った今もこの瓶の主役であり続けている。「カスクフィニッシュは今では当たり前」と言うとき、私たちは「過去に当たり前ではなかった」という事実を構造的に過小評価しがちです。当たり前にした人は、たいてい一人で、たいてい長く、たいてい静かに仕事をします。

Balvenie 21 PortWood は、その仕事の見える証拠です。

私の棚で月1回開く減らない瓶の正体は、結局のところ、62年勤続でリレーされた工程に対する礼儀です。

参考