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梵鐘の技術でスチルは鋳られるか ― 三郎丸蒸溜所 ZEMON と、稲垣貴彦が叩き銅を捨てて青銅鋳物を選んだ工学判断

技術
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ポットスチル (単式蒸留器) は、銅の板を職人が金槌で叩いて成形する。これがウイスキー作りの常識でした。何百年もそうだったし、いまも世界中の蒸留所がそうしている。

ところが富山の小さな蒸留所が、その常識を一度ひっくり返しました。銅板を叩くのではなく、溶かした金属を型に流し込んで蒸留器を「鋳る」。寺の釣鐘を造る技術を、酒の道具に転用したのです。

この記事は、その判断を下した一人の人物である稲垣貴彦が、なぜ叩き銅という枯れた技術をあえて捨て、何を得て、何を代償に払ったのかを、金属工学と蒸留化学の両面から読みます。先に結論を言えば、これは「効率と耐久性を取る代わりに、銅という触媒をどう確保するか」というトレードオフの設計問題でした。礼賛する話ではありません。鋳物には鋳物の請求書が来ます。

まず、なぜ蒸留器は「銅」でなければならないのか

鋳物の話に入る前に、片付けておくべき前提があります。なぜポットスチルは銅で作るのか。答えは「銅が触媒だから」です。装飾でも伝統でもありません。

蒸留中、ウォッシュ (発酵液) を加熱すると、アルコールや香り成分と一緒に硫黄化合物が蒸気になって立ちのぼります。この硫黄化合物が新酒に残ると、茹でたキャベツや腐った卵、焦げたゴムのような不快な匂いになる。代表格が DMS (ジメチルスルフィド、(CH3)2S) で、茹でたコーンやキャベツを思わせる硫黄香の分子です。ほかに 硫化水素 (H2S)DMTS (ジメチルトリスルフィド) など、人間の鼻が ng/L オーダーで検知してしまう厄介な連中がいます。

ここで銅が効きます。蒸気中の硫黄化合物が熱い銅表面に触れると、銅と反応して硫化銅 (Cu2S) として表面に固定され、新酒側から取り除かれる (2 Cu + H2S → Cu2S + H2)。つまりポットスチルの銅は、蒸気から硫黄を「掴み取る」フィルターです。「蒸気がどれだけ多くの銅にどれだけ長く触れるか」が、新酒のクリーンさを決める。これは典型的な表面積律速の反応で、エンジニアの直感に素直に合うはずです。面積と接触時間が効く。

だから蒸留器は銅で作る。そして銅板を叩いて成形するのは、銅が展延性に富み、叩けば薄く伸びて複雑な曲面を作れるからです。ここまでは枯れた技術の話。問題はこの先です。

叩き銅という「枯れたコード」の技術的負債

叩き銅のポットスチルには、長年知られた弱点があります。銅が減るのです。

蒸留のたびに硫化銅が表面に生成し、それが剥がれ落ちる。銅は触媒として働きながら、少しずつ自分を消耗していく。叩いて成形した銅板は元々そう厚くないので、十数年も使えば壁が薄くなり、やがて穴があく。そうなれば作り直し、あるいは大規模な銅板の張り替えです。職人が一枚一枚叩いて成形するため、製作にも修理にも時間と人手がかかる。

レガシーコードに例えるなら、これは「動くが、稼働するほど自分の寿命を削る関数」です。しかも代替できる職人 (ボイラーメーカー = 銅細工師) は世界的に減っている。叩き銅は完成された技術であると同時に、保守コストの高い技術的負債でもありました。

ここに、まったく畑違いの解決策を持ち込んだのが富山の三郎丸蒸溜所です。

老子製作所と梵鐘 ― 400年の鋳物が蒸留器になる

三郎丸蒸溜所は、富山県砺波市にある若鶴酒造の蒸留部門で、北陸唯一のウイスキー蒸留所です。2016年、5代目の稲垣貴彦がクラウドファンディングで約4,000万円を集めて老朽化した施設を改修し、2017年7月に再生オープン。2018年には新しいマッシュタンを導入しています。ここまでは「小規模クラフトの再建」という、よくある話。

非凡だったのは次の一手です。2019年、三郎丸は地元・高岡の老子 (おいご) 製作所と組みました。老子製作所は約400年の歴史を持つ高岡銅器の名門で、本業は梵鐘、つまり寺の釣鐘の鋳造です。日本の梵鐘の多くを手がけてきた、鋳物の超ベテランです。

ここで効くのが、梵鐘とポットスチルの形状的な近さです。梵鐘もポットスチルも、銅系の金属で作られた、肉厚で大きな中空の釣鐘形。老子製作所が400年磨いてきた「大きな青銅の鐘を砂型で一体に鋳る」技術は、そのまま蒸留器の胴体を鋳る技術に転用できる。富山県工業技術センターも加わり、三郎丸・老子・公設試の三者で開発したのが、世界初の鋳物製銅錫合金単式蒸留器を称する「ZEMON (ゼモン)」です。名前は梵鐘の「梵 (ぼん)」をもじったもの。粋な命名ですが、中身は徹底して工学です。

叩き銅のポットスチルと、三郎丸 ZEMON の鋳造青銅スチルを断面で比較した図解。左: 従来型の叩き銅スチル。純銅板を職人が金槌で成形、壁厚が薄く、銅触媒能は高いが蒸留のたびに硫化銅が剥落して銅が減り寿命が短い。製作・修理は職人手作業で長納期。右: ZEMON。老子製作所の梵鐘技術で銅約90%・錫約8%の錫青銅を砂型鋳造、壁厚は約2倍で長寿命、熱伝導は純銅の約1/8で蓄熱性が高く同エネルギーで生産量188%。砂型由来の内壁のざらつきが蒸気接触面積を稼ぎ、青銅でも硫黄吸収を確保。型さえ造れば約4ヶ月で量産可能。中央に銅触媒反応式 2Cu + H2S → Cu2S + H2 と、稲垣貴彦 (若鶴酒造5代目・三郎丸蒸溜所マスターブレンダー)・老子製作所・2019年の表記。

鋳造で何を得たか ― 数字で見る利点

ZEMON が叩き銅に対して稼いだものを、数値で並べます。ここは鋳造側の言い分です。

  • 肉厚と寿命: 砂型で鋳るため壁を厚くできる。金属量は従来型スチルの約2倍。叩き銅のように薄くなって穴があく問題から原理的に解放される。
  • コストと納期: 職人が一枚ずつ叩く代わりに、型さえ造ってしまえば約4ヶ月で納品できる。同じ形をもう一基、もう一基と複製するのも型があれば速い。叩き銅では各基がほぼ一点物の手仕事です。
  • 蓄熱性と省エネ: 青銅は純銅より熱伝導が低く、ZEMON の熱伝導性は純銅の約1/8。一見すると熱が伝わりにくいのは不利に思えますが、その分蓄熱性に優れる。三郎丸の実測では、同じエネルギー量で取れるスピリッツの量が**188%**に上がったと報告されています。

ここで読者は「熱が伝わりにくいのに省エネとはどういうことだ」と計算したくなるはずですが、要は厚い青銅が熱を溜め込んで安定運転に効く、という話です。ボイラーを焚き続ける小規模蒸留所にとって、燃料費はそのまま損益に乗ります。稲垣貴彦が解こうとしていたのは、ロマンより小さな蒸留所のキャッシュフローという現実でした。

代償 ― 鋳造青銅は銅触媒で純銅に負けないのか

ここまでなら鋳造の圧勝に見えます。が、冒頭で釘を刺した通り、鋳物には請求書が来ます。最大の論点は銅触媒能です。

ポットスチルの本質は「銅という触媒で硫黄を掴む」ことでした。ところが ZEMON の素材は純銅ではなく、銅約90%・錫約8%の錫青銅 (すずせいどう) です。銅と錫の合金で、梵鐘やガンメタル (砲金) と同系の金属。純度100%の銅板を叩いた従来型に比べ、銅が1割減っている。単純に考えれば、硫黄を掴む銅の手が1割少ない。鋳造で寿命とコストを取った代わりに、肝心の触媒性能を落としていないか。 これがエンジニアとして最初に疑うべき点です。

トレードオフを誠実に書くなら、ここは「鋳造を選んだ以上、純銅と同じ前提では語れない」と認めるところから始まります。三郎丸と工業技術センターも当然そこを詰めていて、研究では青銅製でも硫黄の吸収能は純銅と同等以上という結果が報告されています。仕組みは二段構えです。

ひとつは合金設計。銅を1割減らしたとはいえ主成分は依然として銅90%で、硫黄を掴む銅原子は表面に十分残っている。もうひとつが砂型鋳造の副産物です。砂の型で鋳ると、製品の内壁には砂目由来の細かなざらつきが残る。鏡面の銅板より表面積が大きい。前述の通り銅触媒は表面積律速なので、内壁がざらついて表面積が増えれば、銅濃度の不利を接触面積で取り返せる。叩いて磨いた純銅のツルツルより、ざらついた青銅のほうが「銅に触れる総面積」で勝つことすらある。

正直に書けば、これは結果オーライの側面もあります。砂型のざらつきは最初から触媒目的で設計されたというより、鋳造に付いてくる性質を稲垣たちが味方につけた、という順番に近い。とはいえ、付いてきた性質をデータで検証して武器に変えたのなら、それは立派な工学です。なお ZEMON は鉛フリーで精錬されており、酒の道具として当然の安全要件もクリアしています。

もうひとつの代償 ― 低熱伝導が変える蒸留器の「性格」

触媒の話だけでは片手落ちです。熱伝導が純銅の約1/8という性質は、省エネと引き換えに蒸留器の沸き方そのものを変えます。

熱伝導が低く肉厚な青銅は、立ち上がりが緩やかで、いったん温まると安定して持続する。急峻に沸き立つ薄い純銅とは、蒸気の出方も還流 (リフラックス = 蒸気が器内で再凝縮して戻る現象) の起き方も微妙に違う。リフラックスが多い器ほど軽くクリーンな酒に、少ない器ほど重く厚い酒になります。鋳造青銅の ZEMON は、設計の性格としてはやや還流が穏やかで、重心の低い、ボディのある新酒に寄りやすい。

ここで効いてくるのが、三郎丸の酒質の方向性です。三郎丸は昔から、ピート (泥炭) を強く焚き込んだ煙と硫黄の重いスピリッツ、いわゆるヘビリーピーテッド (約50ppm) を身上にしてきました。「The Ultimate Peat (ピートを極める)」を掲げ、アイラ島産・ハイランド産のピートを使い分ける蒸留所です。重く硫黄っぽいピーテッド原酒に対して、やや還流が穏やかで重心の低い ZEMON の性格は、消すのではなく活かす方向に噛み合う。もし三郎丸が軽く繊細なローランド的酒質を狙っていたら、鋳造青銅のこの性格は逆風になっていたかもしれません。同じ ZEMON でも、酒の狙いが違えば評価は変わる。それがトレードオフです。

稲垣貴彦という、判断を下した一人

この一連の選択を下したのは、稲垣貴彦です。若鶴酒造の代表取締役社長 (5代目) であり、三郎丸蒸溜所のマスターブレンダー兼マネージャー。2016年のクラウドファンディングから、2017年の蒸留所再生、2018年のマッシュタン更新、そして2019年の ZEMON 開発まで、一連の技術判断の中心にいた人物です。「蒸留所が採用した」のではありません。稲垣貴彦が選んだ

彼の判断の筋を、エンジニアの言葉に翻訳しておきます。叩き銅という枯れた技術は、完成されているが保守が重く、職人の高齢化という外部リスクを抱えている。富山には400年の梵鐘鋳造という、まったく別系統の成熟技術が眠っている。この二つを接続すれば、保守の軽い蒸留器を、地場の産業基盤の上に作れる。純銅の触媒能という一点だけは確かに犠牲になるが、それは合金設計と砂型のざらつきで埋められる。この見立てを、感傷ではなく検証データで詰めた。

成功を後知恵で英雄譚にするのは避けます。鋳造青銅という選択が、すべての酒質・すべての規模で正解だとは限らない。低熱伝導の性格が合わない狙いもあるし、銅濃度の不利を表面積で本当に取り切れているかは、長期の使用で器がどう変化するか次第の面もある。ZEMON はいま飛騨高山蒸溜所など他社にも導入が広がっていますが、それは「叩き銅を全廃する解」ではなく「叩き銅とは別の設計点」が一つ増えた、と読むのが正確です。設計空間に選択肢が一つ増えた。それ自体が、この狭い業界では十分に大きい。

今の瓶に残っているもの

最後に棚のボトルに降ります。三郎丸の新酒や近年のシングルモルト (三郎丸シリーズ、THE FOOL / THE MAGICIAN 等のリリース) を口に含むと、まず来るのは強いスモークと、その奥の重い硫黄っぽさです。アイラを思わせる煙の下に、焦げたゴムや潮の手前の、肉感に近い重心がある。これはヘビリーピーテッド麦芽と、還流の穏やかな ZEMON の性格が掛け合わさった結果です。

面白いのは、これだけ硫黄の重い酒でありながら、不快なほうの硫黄 (腐卵や茹でキャベツの DMS 的なニュアンス) が出過ぎていないことです。青銅90%と砂型のざらつきが、ピートの煙は残しつつ、消すべき硫黄はちゃんと掴んでいる。残すべき重さと、消すべき臭さの線引きが、鋳物の表面で起きている。次に三郎丸を開けるとき、その煙の下の重心を舌で探ってみてください。それは稲垣貴彦が「叩き銅を捨てて青銅を鋳る」と決めた、その一回の工学判断が、いまグラスの中に出ている姿です。

鋳物には鋳物の正解がある、という結論

軽井沢のように一度途絶えた蒸留所は、もう二度と同じ酒を作れません (失われた蒸留所の話はこちら)。一方で三郎丸は、消えかけた北陸唯一の蒸留所を、地場の梵鐘技術という思いがけない資産で作り直した。前者が「失われたものの不可逆」なら、後者は「残すために技術を組み替えた」物語です。

エンジニアとして締めくくるなら、叩き銅が間違いで鋳造青銅が正解、という話ではありません。叩き銅は純銅の触媒能と急峻な沸きで、軽くクリーンな酒に向く。鋳造青銅は肉厚・長寿命・蓄熱・低コストで、重く厚い酒と小規模経営に向く。どちらを選ぶかは、何を作りたいかと、どんな制約の下で作るかで決まる。稲垣貴彦は、富山の制約と「ピートを極める」という狙いから、後者を選んだ。それだけのことで、しかしそれは十分に難しい判断でした。次に飲むときは、その選択の重さを、煙の下の重心で確かめてください。


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主な参考資料

  • 三郎丸蒸留所 公式「Pot Still ZEMON」:wakatsuru.co.jp/saburomaru/zemon
  • ポットスチル ZEMON 専門サイト (老子製作所):zemon.oigo.jp (世界初の鋳物製銅錫合金単式蒸留器、特許第6721917号、令和2年度経済産業大臣賞・Casting of the Year 賞)
  • 若鶴酒造 ALC. Media「高岡に培われた伝統技術が生んだ、世界初の鋳造製蒸留器『ZEMON』とは」:alc.wakatsuru.co.jp (銅約90%・錫約8%の青銅、熱伝導 純銅の約1/8、生産量188%、砂型鋳造の表面と硫黄吸収)
  • 三郎丸蒸留所「モルトアンドピート」:wakatsuru.co.jp/saburomaru/malt_and_peat (ヘビリーピーテッド 50ppm、The Ultimate Peat、アイラ/ハイランドピート)
  • 三郎丸蒸留所「歴史」:wakatsuru.co.jp/saburomaru/history (2016 クラウドファンディング、2017 再生、2018 マッシュタン、2019 ZEMON 開発)
  • WHISKY Magazine Japan「富山で世界初のポットスチル鋳造が進行中」:whiskymag.jp/saburomaru_castingstills
  • 稲垣貴彦『ジャパニーズウイスキー入門 現場から見た熱狂の舞台裏』(KADOKAWA):肩書・開発経緯の一次情報