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三郎丸ZEMON 銅90%の鋳造スチル

技術
三郎丸蒸溜所稲垣貴彦若鶴酒造ZEMON老子製作所梵鐘高岡銅器ポットスチル銅触媒ジャパニーズウイスキー

ポットスチルは、銅の板を職人が金槌で叩いて成形する。これがウイスキー作りの常識でした。何百年もそうだったし、いまも世界中の蒸留所がそうしている。

ところが富山の小さな蒸留所が、その常識を一度ひっくり返しました。銅板を叩くのではなく、溶かした金属を型に流し込んで蒸留器を「鋳る」。寺の釣鐘を造る技術を、酒の道具に転用したのです。

先に結論を書けば、これは「効率と耐久性を取る代わりに、銅という触媒をどう確保するか」というトレードオフの設計問題でした。礼賛する話ではありません。鋳物には鋳物の請求書が来ます。

叩き銅のポットスチルと三郎丸 ZEMON の鋳造青銅スチルを断面で比較した図解。左は従来型の叩き銅スチルで、純銅板を職人が金槌で成形し、壁厚が薄く、銅触媒能は高いが蒸留のたびに硫化銅が剥落して銅が減り寿命が短く、製作・修理は職人の手作業で長納期。右は ZEMON で、老子製作所の梵鐘技術で銅約90%・錫約8%の錫青銅を砂型鋳造し、壁厚は約2倍で長寿命、熱伝導は純銅の約8分の1で蓄熱性が高く同エネルギーでの生産量は188%、砂型由来の内壁のざらつきが蒸気接触面積を稼いで青銅でも硫黄吸収を確保、型さえ造れば約4ヶ月で量産可能。中央に銅触媒の反応式 2Cu + H2S → Cu2S + H2 と、稲垣貴彦(若鶴酒造5代目・三郎丸蒸溜所マスターブレンダー)、老子製作所、2019年の表記。

叩き銅という「枯れたコード」の技術的負債

蒸留器が銅でなければならないのは、銅が触媒として硫黄を掴むからです。そして銅板を叩いて成形するのは、銅が展延性に富み、叩けば薄く伸びて複雑な曲面を作れるからです。

問題はこの先にあります。

銅触媒と叩き銅の消耗の4段階。まず銅が硫黄を掴む(2 Cu + H2S → Cu2S + H2)。蒸気中の硫黄化合物(茹でキャベツ様の DMS など)を銅表面が捕まえる、これが銅でなければならない理由。次に硫化銅が剥がれて銅が減る。蒸留のたびに表面に硫化銅が生成し剥落し、銅は触媒として働きながら自分を消耗する。次に壁が薄くなり十数年で穴があく。叩いて成形した銅板は元々厚くなく、やがて作り直しか大規模な銅板の張り替えになる。最後に直せる人が減るという技術的負債。職人が一枚ずつ叩くため製作にも修理にも時間と人手がかかり、代替できる銅細工師は世界的に減っている。完成された技術であると同時に、保守コストの高い技術。

レガシーコードに例えるなら、これは**「動くが、稼働するほど自分の寿命を削る関数」**です。しかも代替できる職人は世界的に減っている。叩き銅は完成された技術であると同時に、保守コストの高い技術的負債でもありました。

400年の鋳物が、蒸留器になる

三郎丸蒸溜所は、富山県砺波市にある若鶴酒造の蒸留部門で、北陸唯一のウイスキー蒸留所です。2016年、5代目の稲垣貴彦がクラウドファンディングで約4,000万円を集めて老朽化した施設を改修し、2017年7月に再生オープンしました。ここまでは「小規模クラフトの再建」という、よくある話です。

非凡だったのは次の一手でした。2019年、三郎丸は地元・高岡の老子製作所と組みます。約400年の歴史を持つ高岡銅器の名門で、本業は梵鐘——寺の釣鐘の鋳造です。

梵鐘とポットスチルの形状的な近さの対比。梵鐘は、銅系の金属で作られた肉厚で大きな中空の釣鐘形で、大きな青銅を砂型で一体に鋳る製法を使い、作り手は約400年の高岡銅器の名門である老子製作所で日本の梵鐘の多くを手がけてきた。富山に眠っていた、まったく別系統の成熟技術。2019年の ZEMON は、同じく銅系の金属で作られた肉厚で大きな中空の釣鐘形で、同じ砂型鋳造を使い、世界初の鋳物製銅錫合金単式蒸留器を称する。開発は三郎丸蒸溜所・老子製作所・富山県工業技術センターの三者。名前は梵鐘の「梵」をもじったもので、中身は徹底して工学。

梵鐘もポットスチルも、銅系の金属で作られた、肉厚で大きな中空の釣鐘形。 老子製作所が400年磨いてきた「大きな青銅の鐘を砂型で一体に鋳る」技術は、そのまま蒸留器の胴体を鋳る技術に転用できました。

鋳造で稼いだもの

鋳造で得た4つのもの。肉厚と寿命は金属量が約2倍で、砂型で鋳るため壁を厚くでき、薄くなって穴があく問題から原理的に解放される。納期は約4ヶ月で、型さえ造ってしまえば納品でき複製も型があれば速い、叩き銅では各基がほぼ一点物の手仕事になる。熱伝導は純銅の約8分の1で、熱が伝わりにくいぶん蓄熱性に優れ、厚い青銅が熱を溜め込んで安定運転に効く。生産量は188%で、同じエネルギー量で取れるスピリッツの量、ボイラーを焚き続ける小規模蒸留所では燃料費がそのまま損益に乗る。数値はいずれも三郎丸蒸溜所・老子製作所の公表値。

「熱が伝わりにくいのに省エネとはどういうことだ」と計算したくなるはずですが、要は厚い青銅が熱を溜め込んで安定運転に効くという話です。ボイラーを焚き続ける小規模蒸留所にとって、燃料費はそのまま損益に乗ります。稲垣貴彦が解こうとしていたのはロマンより、小さな蒸留所のキャッシュフローという現実でした。

銅を1割減らして、触媒能をどう埋めたか

ここまでなら鋳造の圧勝に見えます。が、鋳物には請求書が来ます。最大の論点は銅触媒能です。

銅を1割減らした問題と、その2つの答え。問題は素材が純銅ではなく錫青銅であること。銅 約90%・錫 約8% の錫青銅で、梵鐘やガンメタル(砲金)と同系。単純に考えると、純度100%の銅板を叩いた従来型に比べ硫黄を掴む銅の手が1割少ない。鋳造を選んだ以上、純銅と同じ前提では語れない。答えの一つ目は合金設計で、1割減らしたとはいえ主成分は依然として銅90%、硫黄を掴む銅原子は表面に十分残っている。二つ目は表面積で、砂の型で鋳ると内壁に砂目由来の細かなざらつきが残り、銅触媒は表面積律速なので銅濃度の不利を接触面積で取り返せる。検証として、青銅製でも硫黄の吸収能は純銅と同等以上という研究結果が報告されている。叩いて磨いた純銅のツルツルより、ざらついた青銅のほうが「銅に触れる総面積」で勝つこともある。

正直に書けば、これは結果オーライの側面もあります。砂型のざらつきは最初から触媒目的で設計されたというより、鋳造に付いてくる性質を稲垣たちが味方につけた、という順番に近い。とはいえ、付いてきた性質をデータで検証して武器に変えたのなら、それは立派な工学です。なお ZEMON は鉛フリーで精錬されており、酒の道具としての安全要件もクリアしています。

もうひとつの代償 ― 低熱伝導が変える「性格」

熱伝導が純銅の約1/8という性質は、省エネと引き換えに蒸留器の沸き方そのものを変えます。

低熱伝導が蒸留器の性格を変える4段階。厚い青銅は熱伝導が純銅の8分の1で、立ち上がりが緩やかでいったん温まると安定して持続する。その結果、還流(リフラックス)が穏やかになり、急峻に沸き立つ薄い純銅とは蒸気の出方も還流の起き方も違う。還流が多い器ほど軽くクリーンな酒に、少ない器ほど重く厚い酒になるので、重心の低いボディのある新酒になる。そして三郎丸の狙いと噛み合う。三郎丸は麦芽段階で約50 ppm の「The Ultimate Peat」を掲げ、アイラ産・ハイランド産のピートを使い分けるヘビリーピーテッドの蒸留所。もし軽く繊細なローランド的酒質を狙っていたら、この性格は逆風になっていた。同じ ZEMON でも、酒の狙いが違えば評価は変わる。

重く硫黄っぽいピーテッド原酒に対して、やや還流が穏やかで重心の低い ZEMON の性格は、消すのではなく活かす方向に噛み合う。もし三郎丸が軽く繊細なローランド的酒質を狙っていたら、この性格は逆風になっていたかもしれません。同じ ZEMON でも、酒の狙いが違えば評価は変わる。それがトレードオフです。

この判断を下したのは稲垣貴彦

稲垣貴彦と三郎丸蒸溜所の年表。2016年、クラウドファンディングで約4,000万円を集め老朽化した施設の改修に着手。2017年7月、三郎丸蒸溜所が再生オープン、富山県砺波市の若鶴酒造の蒸留部門で北陸唯一のウイスキー蒸留所。2018年、新しいマッシュタンを導入。2019年、老子製作所・富山県工業技術センターと ZEMON を開発、世界初を称する鋳物製銅錫合金単式蒸留器。現在、ZEMON は飛騨高山蒸溜所など他社にも導入が広がっているが、叩き銅を全廃する解ではなく叩き銅とは別の設計点が一つ増えたと読むのが正確。「蒸留所が採用した」のではなく稲垣貴彦が選んだ。ただし鋳造青銅がすべての酒質・すべての規模で正解とは限らない。

彼の判断の筋を、エンジニアの言葉に翻訳しておきます。叩き銅という枯れた技術は、完成されているが保守が重く、職人の高齢化という外部リスクを抱えている。富山には400年の梵鐘鋳造という、まったく別系統の成熟技術が眠っている。この二つを接続すれば、保守の軽い蒸留器を、地場の産業基盤の上に作れる。 純銅の触媒能という一点だけは確かに犠牲になるが、それは合金設計と砂型のざらつきで埋められる。この見立てを、感傷ではなく検証データで詰めた。

後知恵で英雄譚にするのは避けます。銅濃度の不利を表面積で本当に取り切れているかは、長期の使用で器がどう変化するか次第の面もあります。ZEMON は他社にも導入が広がっていますが、それは「叩き銅を全廃する解」ではなく「叩き銅とは別の設計点が一つ増えた」と読むのが正確です。

今の瓶に残っているもの

三郎丸のシングルモルト(THE FOOL / THE MAGICIAN 等)を口に含むと、まず来るのは強いスモークと、その奥の重い硫黄っぽさです。アイラを思わせる煙の下に、焦げたゴムや潮の手前の、肉感に近い重心がある。ヘビリーピーテッド麦芽と、還流の穏やかな ZEMON の性格が掛け合わさった結果です。

面白いのは、これだけ硫黄の重い酒でありながら、不快なほうの硫黄(腐卵や茹でキャベツの DMS 的なニュアンス)が出過ぎていないことです。青銅90%と砂型のざらつきが、ピートの煙は残しつつ、消すべき硫黄はちゃんと掴んでいる。残すべき重さと、消すべき臭さの線引きが、鋳物の表面で起きている。

叩き銅が間違いで鋳造青銅が正解、という話ではありません。叩き銅は純銅の触媒能と急峻な沸きで、軽くクリーンな酒に向く。鋳造青銅は肉厚・長寿命・蓄熱・低コストで、重く厚い酒と小規模経営に向く。どちらを選ぶかは、何を作りたいかと、どんな制約の下で作るかで決まります。

軽井沢のように一度途絶えた蒸留所は、もう二度と同じ酒を作れません。一方で三郎丸は、消えかけた北陸唯一の蒸留所を、地場の梵鐘技術という思いがけない資産で作り直した。前者が「失われたものの不可逆」なら、後者は「残すために技術を組み替えた」物語です。


主な参考資料

関連: 嘉之助の三基のポットスチル(あちらは形と基数を変え、三郎丸は素材を変えた)/ ミズナラ発酵槽と乳酸菌(同じ「容器を風味の変数にする」判断を発酵側で)/ 内堀修身と軽井沢(残せなかった側)