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水は風味を決めるのか ― 仕込み水・冷却水・加水という『水の三役』、硬水/軟水神話の解体、そして Ian MacMillan が River Teith を電気にも変えた Deanston の工学

技術
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ウィスキーのラベルでいちばん信用していない単語は、「名水」です。

どのボトルを手に取っても、清冽な源泉、ミネラル豊かな伏流水、何百年もかけて岩盤を抜けてきた水。そういうポエムが書いてあります。気持ちはわかります。水は仕込みの最初に入って、加水で最後に出ていく。物語の額縁としては完璧です。けれどエンジニアとしては一つ気になる。水のどの性質が、瓶のどの味に、どれだけ効いているのか。ここを数字で詰めないまま「名水だから旨い」と言われると、原因と結果を取り違えた障害報告を読んでいる気分になります。

結論を先に置きます。水は確かに味に効きます。ただし効く場所が、たいていの人が思っているのと違う。ロマンを売りやすい「仕込み水のミネラル」はほとんど効かず、誰も語らない「冷却水の温度」が大きく効く。この記事は、ウィスキー作りで水が担う三つの役割を分解し、神話と工学を仕分けます。そして最後に、River Teith という一本の川を仕込みにも冷却にも発電にも使い倒した蒸留所 Deanston と、それを蘇らせた Ian MacMillan の判断を読みます。

水は三回、別々の仕事をする

まず誤解をほどきます。「ウィスキーの水」と一括りに言いますが、水は製造工程の中で少なくとも三回、まったく別の役割で登場します。役割が違えば、効く性質も違う。ここを混ぜて語るから神話が生まれます。

役割工程水に求められる性質味への効き方
仕込み水糖化 (mashing)pH・ミネラル実は軽微
冷却水凝縮 (condensing)温度大きい(本命)
加水用水度数調整 (reduction)清浄さ・ミネラル口当たり・白濁に関与

ラベルの「名水」が指しているのは、ほぼ常に一番上の仕込み水です。そして三つのうち、味への寄与がいちばん小さいのも、この仕込み水なのです。皮肉な話ですが、業界が一番ロマンチックに語る水が、一番味を動かしていない。順番に降ろしていきます。

第一役・仕込み水 ― 神話はここで壊れる

糖化 (mashing) とは、砕いた麦芽にお湯を加え、デンプンを糖に変えて甘い麦汁 (wort) を取り出す工程です。ここで使う水を仕込み水と呼びます。「名水が味を決める」の主戦場は、ここです。

ところが科学に降ろすと、話はずいぶん地味になります。複数の蒸留関係者は、水の質が最終風味に与える寄与をおよそ2%程度と見積もっています。ある作り手の言葉を借りれば「味を左右する要素は100ほどあって、水はそのうちの一つにすぎない」。残りの98を占めるのは、麦芽・酵母・発酵時間・スティルの形・蒸留カット・樽、つまり後工程です。水源だけが味を決めるなら、同じ川から取水する隣の蒸留所は同じ味になっているはずですが、そうはなりません。

硬水/軟水の話も整理しておきます。硬水とはカルシウムやマグネシウムといったミネラルを多く含む水、軟水はそれが少ない水のことです。教科書的には、硬水のミネラルは糖化のときに酵素 (デンプンを糖に変えるタンパク質) を安定させ、糖の抽出を助けるとされます。ここで多くの人が「だから硬水の蒸留所は有利だ」と早合点します。私も最初そう思いました。

事実は、その早合点を裏切ります。スコットランドの蒸留所の大半は地表水を使っており、それはほぼ軟水です。世界的に評価される Speyside のモルトの多くは、ミネラルの乏しい軟水で作られている。「軟水だから繊細なのだ」という物語も流通していますが、これも怪しい。なぜなら同じ Speyside の Glenlivet は、Josie’s Well というやや硬度のある泉を水源にしていて、そのミネラルが糖化でより多くの糖を引き出すと説明されているからです。軟水の Speyside という神話には、同じ Speyside の硬水という反例が立っている。つまり仕込み水の硬度は、house style を決める支配変数ではない。軟水でも硬水でも、良いウィスキーは作れる。

ここで読者は「では水なんてどうでもいいのか」と思うかもしれません。違います。水が本気で味を動かす場所は、この先、誰もラベルに書かない工程にあります。

第二役・冷却水 ― ここが本命

蒸留したアルコール蒸気は、凝縮器 (condenser) で冷やされて液体に戻ります。このとき管の外側を流れて蒸気を冷やすのが冷却水です。そして、ウィスキーで水が味を動かす最大のレバーは、ここ、冷却水の温度です。

なぜ温度が効くのか。鍵は銅接触 (copper contact) にあります。蒸留中、立ち上る蒸気は銅製の設備に触れます。銅は硫黄に対して強い親和性を持ち、新酒に残ると不快な硫黄臭 (ゆで卵・マッチ・肉っぽさ) の原因になる化合物を化学的に捕まえて除いてくれます。要するに銅は、揮発する硫黄分を漉し取るフィルターです。

ここに冷却水温が絡みます。冷却水がぬるく、凝縮がゆっくり進むと、蒸気は銅と触れる時間が長くなり、硫黄がよく除かれて軽くクリーンな新酒になります。逆に冷却水が冷たく、凝縮が速いと、蒸気は銅に十分触れる前に液化し、硫黄分を多く残した重く肉っぽい新酒になります。同じスティル、同じ麦汁でも、冷却水の温度というダイヤル一つで、酒の重さが変わる。

ついでに還流 (reflux) も動きます。還流とは、立ち上った蒸気の一部が冷えて液に戻り、もう一度蒸留される現象です。還流が多いほど、軽く繊細な成分だけが上まで抜けてくる。凝縮部やラインアームの温度を冷却水で調整すると、この還流の度合いも変わります。冷却水は、銅接触と還流という二つの軽さの源を、同時に握っているわけです。

凝縮器の型そのものも、同じ物理の延長です。近代的な shell-and-tube condenser(太い筒 (shell) の中に数百本の細い銅管 (tube) を束ね、その中を蒸気が通る型)は、銅の表面積が大きく接触が最大化されるので、クリーンで軽い酒に向きます。対極が worm tub(樽の冷水に銅管をとぐろ巻きに沈めた旧式の凝縮器)で、銅接触が少なく冷却も速いため、Mortlach や Springbank のような重く硫黄を含んだ骨太な個性になります。冷却の設計思想は、worm tub と shell-and-tube のあいだの一本の連続軸として伸びている。(凝縮器と硫黄の話は Mortlach の記事で詳しく書きました)

そして冷却水の温度は、川から引いている蒸留所では季節とともに動きます。冬の冷たい川水と夏のぬるい川水とでは、同じ蒸留所でも凝縮の速さが変わりうる。ラベルが朗々と歌う仕込み水のミネラルより、12月の冷たい河川水のほうが、よほど瓶の中身を決めている。これが、誰もパンフレットに書かない工学的な真実です。

第三役・加水用水 ― 最後にもう一度

熟成を終えたウィスキーは、樽から出した時点でしばしば60%前後のアルコール度数があります。これを瓶詰めの40〜46%程度まで薄めるのが、加水 (reduction) です。ここでも水を使う。それも、量でいえば仕込みに匹敵するほど大量に。

加水用水に求められるのは、まず清浄さです。ここで雑味のある水を入れれば、それは薄めず原液で味に乗ってきます。もう一つ厄介なのが haze (白濁) です。ウィスキーには脂肪酸エステルという油っぽい香味成分が溶けていて、度数を下げると溶けきれずに析出し、液が白く濁ることがあります。これを嫌って多くの作り手は冷却濾過 (chill filtration) で濾し取りますが、香味成分ごと抜けてしまう。だから Deanston のようにあえて濾さない (un-chill-filtered) 道を選ぶ蒸留所もある。そのぶん、加水する水とその温度管理が、白濁と口当たりに直接効いてきます。仕込み水では軽微だったミネラルも、最後の希釈ではテクスチャーに顔を出す。水は、退場間際にもう一度仕事をするのです。

この判断を下したのは Ian MacMillan ― River Teith を電気にも使った男

ここまで「蒸留所は」と書いてきましたが、craft 記事の流儀に従い、この水の設計を体現した一人を名指します。Ian MacMillan。Deanston を含む Burn Stewart の3蒸留所 (Bunnahabhain, Deanston, Tobermory) を率いたマスターディスティラーです。

Deanston という蒸留所は、そもそも酒のために建った場所ではありません。1785年、Richard Arkwright の設計思想に基づき Buchanan 兄弟が建てた綿紡績工場でした。動力源は隣を流れる River Teith。川の水が水車を回し、180年間ひたすら糸を紡いでいた。ウィスキー蒸留所に転換されたのは1965〜66年、紡績業が斜陽になってからです。川の流れで機械を回す工場が、川の水で酒を作る蒸留所になった。この出自が、後の水の使い倒し方を決めます。

MacMillan がここに来たのは1991年。Burn Stewart が Deanston を買収した直後で、当時の蒸留所は休止 (mothballed) していました。彼の最初の仕事は、止まっていた Deanston を全面的に手当てして蘇らせることでした。彼は River Teith の水と地元の大麦を軸に据え、un-chill-filtered で度数を高めに残す(つまり加水と濾過で香味を削らない)という Deanston の現在のアイデンティティを確立します。(同じ MacMillan が Bunnahabhain で下した「島で水を使わない」判断は別記事に書きました)

そして Deanston の真骨頂は、River Teith を味の物語としてではなく、エネルギー資源として設計し直したことにあります。紡績工場時代の水車インフラを引き継ぎ、Deanston は今もスコットランドで唯一、電力を自給する蒸留所です。River Teith の落差で発電し、発電量のうち蒸留所が使うのは約25%、残りは国の送電網に売っている。つまりこの川は、一本で仕込み水・冷却水・加水用水・発電用水という四役をこなしている。水を「源泉のロマン」ではなく「冷却の温度と落差の運動エネルギー」として扱った蒸留所、それが Deanston であり、その思想を引き継いで蒸留所を再起動させたのが MacMillan です。

トレードオフ ― 「水は重要だ」とも「水はどうでもいい」とも書かない

公平を期します。ここで「水は味を決めない、神話だ」と言い切ったら、それは逆向きの単純化で、同じくらい不正確です。トレードオフを両面置きます。

仕込み水の硬度は、ほぼ無視してよい。 ただし「無視してよい」は「効果ゼロ」ではありません。糖化効率や発酵の微妙な傾向に水質は確かに関与します。ただ、その差は house style を決めるほど大きくない、という意味です。源泉のミネラルを最終風味の主因に祭り上げるのは、原因の取り違えです。

冷却水の温度は、効くが諸刃でもある。 川から引く冷却水は季節で温度が動くため、クリーンさと重さのバランスが揺れます。だからこそ蒸留所は冷却を一定に保つ regime を敷いて再現性を守る。「冷たい水ほど良い」のではなく、狙う house style に冷却温度を合わせるのが工学です。重く硫黄のある個性が欲しい蒸留所にとっては、速い冷却こそ正解になる。

加水用水は、量とコストの問題でもある。 大量に使う以上、清浄な水を安定して確保できる立地は、それ自体が資産です。Deanston が川辺に建っているのは詩のためではなく、四役分の水量を一本の川で賄える工学的合理のためです。

要するに、水は味の「2%」かもしれないが、その2%がどこに乗るかを設計するのは立派な工学判断です。MacMillan の選択は「源泉の物語を売る」のではなく「川の温度と運動エネルギーを使い切る」という、ロマンの反対側に振り切った賭けでした。それが唯一の正解だとは言いません。源泉の純度を house style の核に据える蒸留所もまた、別の合理を生きている。

ウィスキー製造における水の三役と Deanston の River Teith 四重利用を示す工程図。横に糖化→発酵→蒸留→凝縮→加水→瓶詰めの工程が並ぶ。役割①仕込み水(糖化): pH とミネラル(硬水=カルシウム/マグネシウム多、軟水=少)が酵素を左右するが寄与は軽微。スコットランドの大半は軟水だが Glenlivet の Josie's Well はやや硬水で糖抽出を助ける=軟水Speyside神話の反例。最終風味への水質寄与は約2%。役割②冷却水(凝縮): 本命。冷却水温が凝縮速度を決め、ぬるい/遅い凝縮は銅接触(copper contact)が長く硫黄除去が進み軽くクリーンな新酒、冷たい/速い凝縮は硫黄を残し重く肉っぽい新酒。還流(reflux)も連動。shell-and-tube condenser=銅接触大でクリーン、worm tub=銅接触小で重厚(Mortlach/Springbank)。役割③加水用水(度数調整): 60%前後を40〜46%に希釈。脂肪酸エステルの白濁(haze)と口当たりに関与、un-chill-filtered では特に重要。Deanston は River Teith 一本を仕込み・冷却・加水・水力発電の四役に使う。元は1785年 Arkwright/Buchanan の綿紡績工場、1966年蒸留所転換、スコットランド唯一の電力自給。判断者: Ian MacMillan(1991年に休止中の Deanston を再起動)。

今の瓶に残っているもの

最後に、グラスに降ります。

Deanston を開けると、蜂蜜やモルティな甘さの土台の上に、わりとクリーンで滑らかな質感が乗っています。un-chill-filtered ゆえの油っぽい厚みがありながら、硫黄に振り切った重さはない。この均衡は、River Teith の冷却水と、濾しすぎない加水の設計が一緒に作っています。源泉のミネラルが舌に乗っているのではない。川の温度と、薄め方の判断が乗っているのです。

次にウィスキーを開けるとき、ラベルの「名水」のポエムは一度脇に置いてみてください。そのかわり、新酒のクリーンさ/重さの奥に、冷却水がどれだけゆっくり蒸気を冷やしたかを想像してみる。軽ければ銅と長く語り合った酒、重ければ早足で液になった酒です。それが、Ian MacMillan が一本の川を四回働かせた工学を、舌で確かめる方法です。

レガシーコードを読むエンジニアの目で見れば、「名水だから旨い」というラベルは、コメントだけ立派で実装と合っていない関数のようなものです。本当に出力を決めているのは、コメントが何も触れていない冷却ループのほう。Deanston が面白いのは、その川を味の物語に使うのをほどほどにして、発電タービンまで回させたところです。水を詩にしなかった蒸留所が、いちばん正直に水を使い切っている。このねじれが、私はわりと好きです。


関連記事

主な参考資料

  • Master of Malt Blog「Mythbusting: How important is water in spirits-making?」:masterofmalt.com (水温の影響は大きいが味の寄与は小さい、水質寄与は約2%、「100の要素のうち一つが水」)
  • Whisky Magazine「The whisky myths you should stop believing」:whiskymag.com (名水マーケティングと実際の影響度の乖離)
  • Edinburgh Whisky Academy「The importance of copper contact in whisky distillation」:edinburghwhiskyacademy.com (銅が硫黄化合物を化学的に除く、接触時間と新酒の軽さ)
  • Distiller「Shaping Scotch: Whisky Condensers, Old or New School?」:distiller.com (遅い凝縮=銅接触長く軽い酒、速い凝縮=硫黄を残し重い酒、shell-and-tube vs worm tub)
  • The Glenlivet / Barlist「Spring Water at The Glenlivet」:barlist.app (Josie’s Well のやや硬水が糖化で糖抽出を助ける=軟水Speyside神話の反例)
  • Wikipedia「Deanston distillery」:en.wikipedia.org (1785年 Arkwright/Buchanan の綿紡績工場、1965〜66年蒸留所転換、River Teith、水力発電による電力自給と売電)
  • The Macklowe「Ian MacMillan」:themacklowe.com (Bunnahabhain/Deanston/Tobermory のマスターディスティラー、River Teith と地元大麦、40年超の経験)
  • Scotch Whisky「Five Minutes With: Ian Macmillan」:scotchwhisky.com (1991年 Burn Stewart 入社、休止中の Deanston 再起動、Glengoyne での見習い・グレーン蒸留の経歴)