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ジム・スワン (Jim Swan) の遺言 ― STR樽と6つの新世界蒸留所を残して2017年に逝った化学博士

人物
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ジム・スワン (Jim Swan) の名前は瓶に載らない。彼が指導した Kavalan / Amrut / Kilchoman のラベルには、蒸留所の名前だけがある。私の棚の Kavalan Solist Vinho Barrique の裏ラベルにも、Jim Swan と書かれていない。それでも、あの瓶の中の4年物が「若すぎない」ことの説明は、彼が残した STR 樽の判断まで戻らないと成立しない。

新世界ウイスキーを「Scotland の劣化コピー」と書いた 2010年の自分に、この名前を教えたい。彼はコピーを作った人ではない。Scotland 型ではないやり方を、化学の言葉で書き下して他人に渡した人だ。

Jim Swan の 1941-2017 のキャリア年表。1941年12月25日スコットランド生まれ、Heriot-Watt 大学で化学と生物科学の博士号を取得 (1974年頃)、Highland Distillers 技術顧問時代 (1980-90年代)、独立コンサル転向 (1990年代)、Penderyn ウェールズ設計 (2000年)、Kavalan 台湾立ち上げ (2005年、Ian Chang と共同)、Kilchoman アイラ設計 (2005年、Anthony Wills と共同)、Amrut インド指導、Cotswolds / Spirit of Yorkshire / Lindores Abbey ほか十数箇所を順次指導、2017年2月14日 東ロージアン Longniddry の自宅で75歳で逝去。彼が設計を残した新世界蒸留所は6つ以上が現在も生産を続けている。

1990年代、彼が「独立する」と決めた理由

Jim Swan は 1941年12月25日、クリスマスの日に生まれた。エディンバラの Heriot-Watt 大学で化学と生物科学の博士号を取り、そのまま業界に入った。学界に残らなかった。

1980年代の Highland Distillers での顧問時代、彼はすでにブレンダーではなく プロセス・エンジニアの側 に立っていた。Bruichladdich、Glengoyne、Highland Park などの技術判断に関わり、この頃に STR 樽 (Shaved-Toasted-Recharred) の原型を試作していたと後年振り返っている。

彼が独立コンサルタントに転じたのは 1990年代。理由を公に語った資料は残されていない。ただ、彼が独立後に受けた仕事の並びを見ると、判断の輪郭は逆算できる。Penderyn (ウェールズ、2000年)、Kavalan (台湾、2005年)、Kilchoman (アイラ、2005年)、Amrut (インド)、Cotswolds (イングランド)、Lindores Abbey (スコットランド)、Milk & Honey (イスラエル)。

いずれも Scotland の既存大手ではない。既存大手には既存の技術者がいて、既存の答えがある。Jim Swan が引き受けたのは、ゼロから蒸留所を建てる側の相談だった。彼の商品はブレンドの才ではなく、「まだ蒸留していない蒸留所に対して、蒸留する前に樽を選び、原酒の設計を渡す」 という一段抽象度の高い仕事だった。独立しなければ受けられない仕事だ。

2005年、台湾で「亜熱帯ウイスキー」を引き受けた判断

Jim Swan の名前が新世界ウイスキーの側で決定的になったのは、2005年の台湾 Kavalan 立ち上げだ。King Car Group から呼ばれた彼が、宜蘭で蒸留を始める Ian Chang (張郁嵐) と組んだ。

宜蘭の気候は年平均気温 22°C、湿度 80%。Scotland の熟成庫と比べれば、樽から蒸発する天使の分け前 (angel’s share) は年 10-15%、上層階では 18% を記録した年もある。Speyside の年 2% と比較して 5-7倍。長熟は経済的に成立しない。

書いて彼を英雄視したいところだが、実際にはもう少し即物的だ。Jim Swan がここで持ち込んだ判断は「亜熱帯で長熟が無理なら、短熟で長熟相当の樽反応を得られる樽を選び直せばいい」というものだった。アレニウス則で反応速度は 10°C 上昇で概ね 2-3倍になる。 台湾で 4-6年の熟成は、化学反応の速度としては Scotland での 15-20年に相当する ― という定量的な予測を、彼は原酒を仕込む前の段階で書いていた。

Kavalan Solist が 4-6年で世界的な評価を得たのは、Ian Chang の腕もあるが、その前段に 樽を選ぶ人間の判断 がある。判断を下した人物の名前が瓶に印刷されない構造は、蒸留業界特有のものだ。

STR樽 ― Jim Swan が特許を取らなかった発明

STR 樽の3文字は Shaved-Toasted-Recharred の頭文字。使い終わった赤ワイン樽 (ボルドーやリオハが多い) の内壁を機械で数ミリ削り取り、新鮮なオーク面を露出させて中温で焼き、最後に短時間の高温で表面を炭化させる。

この工程はもう少し詳しく解説する価値があるが、技術的な詳細は英文の craft 記事に譲る。ここで書き留めておきたいのは、Jim Swan が この技法の特許を取らなかった という事実の方だ。

「レシピは秘密にできても、樽の物理は秘密にはできない」と彼が言った、と伝えられている。この一文には、彼のキャリア設計そのものが埋まっている。特許を取れば彼のところに使用料が集まる。取らなければ、彼が指導した蒸留所群が同じ技法を共有する。特許を取らないという判断は、彼が「発明家として稼ぐ」路線を降りて「共通言語を配る」路線を選んだという意味だ。

もちろん trade-off はある。STR 樽の抽出は速い。速すぎると若い原酒に木の苦味が乗る。Penderyn の STR 樽での標準熟成は 4-7年、それ以上長く置くと Scotland の refill ex-bourbon で 12-18年置いた樽よりも苦く木質的になりやすい。彼は「STR 樽は revolutionary」とは書かなかった。適切な滞留時間があり、それを超えれば裏返る、という前置きを常につけていた。工程を配ってから使い方の注釈を付ける。エンジニアの仕事の作法だ。

Kilchoman ― 「三年で瓶詰めできる」と言った男

2005年、アイラ島の Rockside Farm で Kilchoman が最初のスピリットを流したとき、Anthony Wills の隣に Jim Swan が立っていた。Wills が後年 Jim Swan の逝去時に残した追悼記の一節が、この関係の性質を最もよく伝える。

「彼は言った。『これをよく世話すれば、3年で瓶詰めできる』と。それは予言のように正しかった。私は彼の知識なしに Kilchoman を成功させられたとは、いまも思っていない」

3年で瓶詰めできるスコッチという判断は、当時のアイラの常識からは外れていた。Ardbeg も Laphroaig も、最短の官能表現に至るまで 10年以上を要していた。Jim Swan は、Kilchoman の水質と麦芽の煙とスチルの銅接触面積を並べたうえで、「この設計なら 3年で味の輪郭は完成する」と数字で切った。 その予測はほぼそのまま当たり、Kilchoman は 2009年に3年物を最初にリリースし、10年経たずにアイラの主要銘柄群に入った。

工学的判断の恐ろしさは、外れれば蒸留所ごと沈むところにある。Jim Swan は自分では蒸留所を持たない側の人間だった。判断を渡して次の現場に移る。Anthony Wills 側は判断を受け取って自分の生活の全部を賭ける。そういう非対称のなかで、彼らは友人になった。「Quiet, unassuming and irreplaceable (静かで、控えめで、代えがきかなかった)」というのが Wills の Jim Swan 評だ。追悼バイアスを引いても、この形容は業界の複数の関係者が別々に残している。

2017年2月14日、Longniddry の自宅で

Jim Swan は 2017年2月14日、東ロージアンの Longniddry の自宅で亡くなった。75歳。バレンタインデーだった。

前年まで彼は Lindores Abbey (スコットランド)、Milk & Honey (イスラエル)、Macaloney’s (カナダ) など複数の新世界蒸留所の立ち上げに関わっていた。逝去の時点で、彼の設計から実際に生産を続けていた蒸留所は 6つを超えていた。ラベルに彼の名前はない。ただ、樽と設備の設計と、蒸留前に書き下ろされた原酒の輪郭が、それらの蒸留所すべてに残っている。

彼が育てたのはレシピではなく、「気候と樽と時間で whisky は書ける」という確信 の方だった。Ian Chang が Kavalan の後、長野の小諸で真逆の climate に踏み出したのも、Anthony Wills がアイラの湿った空気のなかで Kilchoman を続けているのも、たぶんこの確信の下流にある。継承者たちの瓶を私が今夜も注ぐとき、注いでいるものの半分は彼の書いた予測式だ。ラベルに彼の名前はない、と何度でも書いておく。書かないと、そのことが忘れられる。

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参考

よくある質問

Jim Swan (ジム・スワン) はどんな人物ですか。
1941年12月25日生まれ、2017年2月14日に東ロージアン Longniddry の自宅で75歳で逝去した スコットランドの化学者です。エディンバラの Heriot-Watt 大学で化学と生物科学の博士号を取得し、 1980-90年代に Highland Distillers の技術顧問を務めたあと独立コンサルタントに転じました。 台湾の Kavalan、インドの Amrut、ウェールズの Penderyn、アイラの Kilchoman ほか 十数箇所の新世界蒸留所を設計・指導し、業界では「ウイスキーのアインシュタイン」と呼ばれていました。
STR樽とは何ですか。
STR は Shaved (削る) / Toasted (焼く) / Recharred (再チャーする) の3工程の頭文字です。 使用済みの赤ワイン樽 (ボルドーやリオハが多い) の内壁を機械で数ミリ削り、 新鮮なオーク面を露出させて中温で焼き、最後に短時間の高温で表面を炭化させる技法です。 Jim Swan がウェールズの Penderyn で 2004年前後から実装し、その後 Kavalan や Kilchoman、Amrut ほか 新世界蒸留所で「若年数でも長熟感を出す樽」として広く採用されました。
Jim Swan が設計指導した蒸留所はどこですか。
主なところで、ウェールズの Penderyn、台湾の Kavalan、インドの Amrut、 アイラの Kilchoman、イングランドの Cotswolds と Spirit of Yorkshire、 スコットランドの Lindores Abbey・Annandale・Clydeside・Nc'nean、 イスラエルの Milk & Honey、カナダの Macaloney's、アメリカの Virginia Distillery Company などがあります。 彼はどの蒸留所も所有せず、設計を残して次の現場へ移った職業コンサルタントでした。