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静岡蒸溜所と中村大航 ― 軽井沢のスティルを買い、地元杉で薪を焚いた男が Prologue K と W に分けたもの

テイスティング
静岡蒸溜所ShizuokaPrologue KPrologue W中村大航Gaiaflow軽井沢薪直火Japanese whisky

バーのカウンターではなく、自宅のキッチンで、私はグレンケアンを二脚並べました。右に Prologue W、左に Prologue K。どちらも静岡蒸溜所の 3 年もので、度数は 55.5% で揃っている。樽もどちらもバーボン系です。ラベルを隠して出されたら、同じ蒸留所の似た仕様の瓶が二本、としか思わないはずです。

先に W を口に運びました。立ってきたのは、焚き火で炙ったトーストの、焦げる一歩手前の匂いでした。ピートは焚いていないと聞いていたのに、煙のすぐ手前にある香ばしさだけが、はっきりとそこにある。ボディは厚く、飲み下したあとも舌の上に長く居座ります。次に K に移ると、同じ蒸留所の瓶とは思えないほど軽い。冷えた洋梨と、蜜を薄く一枚だけ引いたような甘さが、すっと通り抜けていきました。

二本の違いは、ほぼ一点に集約されます。スピリットを煮るスティルの、火の入れ方だけが違う。これは偶然そうなったのではなくて、そう飲めるように瓶を分けた人がいる、ということです。

静岡蒸溜所のポットスチル K と W を比較した図解。左の K(Karuizawa)は1975年に軽井沢蒸溜所へ設置され2015年にオークションで取得、ガス間接加熱・ランタンネック型・容量3,500L・スピリット特性は軽くスムース。右の W(Wood-fired)はフォーサイス社製の新造、静岡県の間伐材を燃料にした800℃以上の薪直火加熱・焦げ付き防止のラメジャー鎖を装備・容量6,000L・スピリット特性は厚いボディと香ばしさ。両者を Prologue K と Prologue W として別々の瓶で出し、火の入れ方という変数だけを分離して飲み比べられる設計であることを示した比較図。

精密部品の工場を継いだ男が、他人のウィスキーを売り、自分の蒸留所を建てるまで

静岡蒸溜所をつくった中村大航は、1969 年に静岡市清水区で生まれています。長いあいだ彼の本業はウィスキーではありませんでした。祖父の代から続く家業の精密部品製造会社の代表を、何年も務めていた人です。

転機は 2012 年でした。スコットランドのアイラ島で、小さなベンチャーの蒸留所を見学したのがきっかけだと、本人のインタビューに残っています。翌 2013 年、彼は Gaiaflow(ガイアフロー) という会社でウィスキーの輸入販売事業を始めました。つまり、自分で蒸留所を建てる前に、まず他人のつくったウィスキーを日本で売る商売を経由している。2014 年に静岡市玉川地区への蒸留所建設を決め、製造会社のガイアフローディスティリングを設立し、2016 年に竣工して蒸留を始めました。

ここで「異業種から来た情熱の人が、夢を叶えて蒸留所を建てた」と要約すると、それらしい英雄譚になります。私はその要約を留保したい。精密部品の製造業というのは、寸法公差を詰め、同じ部品を同じ精度で繰り返し出し続ける世界です。そこで長く食ってきた人間が蒸留所を設計したとき、「一つの条件だけを変えて、出力の差を見る」という発想が出てきたとしても、私はそれほど驚きません。Prologue K と Prologue W は、その発想がそのまま瓶になったものに見えます。情熱の物語ではなく、変数を分離して計測する癖の物語として読むほうが、中身に近いと思います。

K ― 閉じた軽井沢のスティルが、静岡で再び spirit を出している

K は Karuizawa の K です。

1975 年に軽井沢蒸溜所へ据えられたポットスチルの一基を、2015 年のオークションで競り落とし、三宅製作所で手を入れてから静岡へ移設した。それが Prologue K を蒸留したスティルです。加熱はガスによる間接加熱。ランタンネック型で、ラインアームは長く、なだらかに下を向いています。長いラインアームは蒸気が還流(リフラックス)する時間を稼ぎ、重い成分を釜へ落として軽い成分だけを通す。つまり、軽くてスムースなスピリットを設計上引き出しやすい形です。容量は 3,500L で、一回の仕込みを二度に分けて蒸留します。

このスティルの来歴には、別の記事と直接つながる時間軸があります。軽井沢蒸溜所はメルシャンが 2000 年末に生産を止め、2016 年に解体された蒸留所です。その最後のモルトマスター内堀修身が、Golden Promise というスコットランド産大麦とオロロソシェリーバットで「重いボディの長熟」を半世紀かけて設計した話は、内堀修身と軽井沢の記事に書きました。

おもしろいのは、静岡で同じ鉄の釜が出しているのが、軽井沢の重いシェリーではなく、バーボン樽の軽い洋梨だということです。スティルという物理的な器は同じでも、それを動かす設計思想(大麦・樽・温度帯)が変われば、瓶の中身は別物になる。閉じた蒸留所の遺産を「買って動かす」という選択は、新造より安く済む代わりに旧式設計の制約を引き継ぎますが、中村はその制約ごと引き取って、自分の樽で別の答えを出しました。軽井沢の終わりを読んだあとにこの K を飲むと、同じ釜の二度目の人生を舌で確かめている感覚になります。

W ― 薪をくべ、焦げ付かないように鎖で底をかき混ぜる

W は Wood-fired の W です。

Forsyths 製の新造スティルでありながら、加熱方式は薪の直火。静岡県内の間伐材を仕入れ、蒸留所内で薪の大きさにカットし、一ロットでおよそ一杯半を燃やす。釜の底を 800℃以上の直火で炙ります。火を入れる初動だけガスで補助し、薪の火力が十分になったらガスは止める運用だと、見学レポートに記録されています。

薪の直火には、避けられない代償があります。釜の底が焦げ付く。だから W には ラメジャー(rummager) と呼ばれる金属製の鎖が現役で入っていて、蒸留中ずっと底をかき混ぜ続け、焦げ付きを防いでいます。世界中の蒸留所が、燃料効率と火力の制御性を上げる方向に何十年もかけて進んできた中で、わざわざ薪をくべ、焦げ付かないように鎖でガラガラと底をさらう。手間の塊です。現代のウィスキーで薪直火を採っているのは、世界でここだけだと言われています。

この手間が何を生むかというと、火の不均一さです。ガスや蒸気の間接加熱が「均一で制御しやすい火」だとすれば、薪直火は「強くて気まぐれな火」です。釜の局所が高温になると、糖とアミノ酸が結びついて香ばしい焦げ香をつくる反応(メイラード反応)が進み、スピリットに重さと香ばしさが乗る。制御性・再現性・コストを差し出して、character を取る取引です。実際 W は、ピートを焚いていないのにフェノールを感じるほど香ばしい。冒頭で書いた「焚き火で炙ったトーストの、焦げる一歩手前」の匂いは、樽ではなく、この火から来ています。

公式のテイスティングノートは「優しい香りと、しっかりしたボディ感と軽いスモーキーさ、長く穏やかな余韻」と書いています。控えめな表現ですが、K と並べて飲むと、その「しっかりしたボディ感」が火由来であることが、はっきり輪郭を持ちます。

変数を一つだけ動かす ― 瓶でやる ablation study

ソフトウェアを書く人なら、この構造に見覚えがあるはずです。ある機能が効いているかを確かめたいとき、他の条件をすべて固定して、その一つだけをオン/オフして出力を比べる。A/B テストであり、ablation study であり、feature flag を一つだけ切り替えるカナリアです。

Prologue K と Prologue W は、まさにそれを瓶でやっています。熟成 3 年、度数 55.5%、樽はバーボン系。これらを揃えたうえで、スティルの火の入れ方という一変数だけを動かして、出力(スピリット)の差を瓶に固定した。普通の蒸留所は、K のような軽い原酒と W のような重い原酒を混ぜて house style をつくり、その配合比は企業秘密として瓶の裏には書きません。混ぜて丸めて、過程は隠す。中村がやったのは逆で、混ぜる前の二つを別々に出し、差をそのまま読めるようにした。宿題を消しゴムで消さずに、計算過程ごと提出したようなものです。

いくらで、どう手に入れて、いつ飲むか

正直に書きます。Prologue K も Prologue W も、希望小売価格は 8,943 円(税込)でした。数字だけ見れば、Highland のシングルモルトと変わらない値付けです。ところが両方とも 5,000 本限定・抽選販売で即完売し、二次流通では定価の数倍で取引されている。だから実質的には、コスパで語れる瓶ではありません。「工学的におもしろいが、高価で入手しにくい」枠です。

比較的たどり着きやすいのは、**United S(ユナイテッド S)**です。2024 年 11 月から定番品になった、K と W の原酒を混ぜた house style で、現行は 50.5%・500ml で 7,821 円(税込)。まず静岡蒸溜所がどんな味の総体を目指しているかを知るなら、ここから入るのが現実的です。Prologue K / W は、その total を構成する二つの成分を、分解して確かめるための瓶だと考えるといい。

飲むタイミングも分けています。W は食後、ビターなチョコレートや軽く燻したナッツなど、香りの強いものと合わせると、火の香ばしさが喧嘩せず重なります。K は食前、少し冷やして、洋梨の軽さをそのまま味わうのが好きです。同じ蒸留所の瓶を、真逆の場面に置けるのが、この二本のおもしろさです。

次に飲むとき、何を確かめるか

中村大航を「日本クラフトの旗手」と持ち上げるつもりはありません。彼がやったのは、もっと地味で具体的なことです。閉じた軽井沢の旧式スティルを引き取るという、制約付きの遺産の継承。地元の杉を薪にして、鎖で底をかき混ぜながら焚くという、制御の難しい新しい賭け。その二つを同時に走らせ、結果をブレンドで隠さずに Prologue K と W へ分けて出した。

だから次にこの二本を並べるときは、テイスティングノートの語彙を増やすより、一つだけ確かめてみてください。K の軽さと W の香ばしさの差が、どこまで火の入れ方だけで説明できるか。樽でも大麦でも度数でもなく、釜の下で燃えているものの違いが、グラスの中でどれだけの距離になっているか。それを舌で測れるように瓶を分けた人がいた、という事実こそが、この二本を飲む理由です。軽井沢で一度消えた火が、静岡で薪の火の隣で、もう一度動いている。

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