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Ichiro's Malt の起点 ― 肥土伊知郎が400樽を救出してから秩父を建てるまでと、ミズナラが瓶に残したもの

テイスティング
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秩父鉄道の終点に近いホームで、紙袋に入れた瓶の口を一度落としそうになりました。蒸留所まで車で15分の距離で、その瓶が2008年の冬に蒸留された原酒の末裔だと考えると、運ぶのが妙に怖くなる。

このとき手にしていたのは Ichiro’s Malt & Grain World Blended(白ラベル)の700ml瓶です。秩父駅近くの酒販店で買えました。希少品ではない、46.5%、ノンチルフィルター、5ヶ国の原酒を秩父でリヴァッティングした瓶。「希少品ではない」という事実が、この記事の出発点でもあります。

肥土伊知郎の名前を「希少なクラフト・ウィスキー」の文脈で受け取ってきた人は多いと思います。私もそうでした。けれど、その伝説の手前にある実務 ― 400樽を物理的に救出して、20年かけて段階的に売り、その現金で蒸留所を建てて、いまも稼働を続けている という事業上の一連の判断のほうが、瓶を開けたときに舌で確かめられるものとずっと近いのです。この記事では、白ラベルとミズナラ系の二つの瓶を並べる準備をしながら、その手前の20年を読みます。

肥土伊知郎の60年タイムライン。1965年に秩父市で生まれ、2000年に家業のウィスキー製造が止まる。2004年に約400樽を救出して福島県の笹の川酒造へ移送、Venture Whisky を設立。2005-14年に Hanyu Card Series 54種を段階リリースして Chichibu の建設費を作り、2008年2月に Chichibu 蒸留所が始動。2011年に Chichibu The First をリリース、2019年に Chichibu II を増設。2026年現在、店頭の Ichiro's Malt & Grain(白)とコレクター市場の Hanyu が同じ手の上でつながっている。

2004年 ― 400樽を引き取った男の年齢

肥土伊知郎は1965年、秩父市の生まれ。家系は1625年に秩父で創業した東亜酒造の血筋で、伊知郎は21代目にあたります。家業は1941年に羽生に移り、戦後すぐ、彼の祖父・肥土伊三郎がそこにウィスキー設備を加えました。これが Hanyu です。

家業のウィスキー製造は2000年に止まりました。経営が傾き、清酒・焼酎は別資本に売られて存続したものの、Hanyu の蒸留設備は2004年に解体が決まります。新所有者にとっては、稼働していない蒸留所と、何にもならない樽の山でした。

ここで、当時39歳の伊知郎が下した決断が、彼のキャリアの起点になります。約400樽の Hanyu モルト ― 1980年代から2000年までに蒸留され、すでに10年から20年熟成していた原酒 ― を、彼が個人で引き受けた

引き受け先は福島県郡山市の笹の川酒造です。代表に頭を下げて倉庫を借り、樽を運び込んだ。当時、伊知郎には自分の蒸留所も流通網もありません。Venture Whisky の設立は同じ2004年ですが、社員も製品もない、設立だけの会社です。

エンジニアの感覚で繰り返し考えてしまいます。これは「廃業した会社のデータベースを、自費でレンタルストレージに移送し、月次のホスティング費用を払い続ける」という決断です。売れる保証はない。樽は倉庫で leakage を起こすかもしれない。Hanyu の名前がコレクター市場で値段を持つのはまだ数年先で、当時の日本のウィスキー市場は底でした。それでも引き取った理由は、おそらく一つです。祖父と父が30年かけて樽詰めしたものを、産業廃棄物として捨てさせない。それ以上の経済的合理性は、当時の手元になかったはずです。

Card Series ― 「飲むため」と「売るため」の分裂

救出した樽は、その後の十数年で段階的にリリースされていきます。最も知られているのが Hanyu Card Series で、2005年から2014年にかけてトランプの絵柄をモチーフにした合計54種(ジョーカー2種を含む)として瓶詰めされました。

これが何だったのかを正確に書いておきます。これは marketing tactic というより、樽を売って Chichibu の建設資金を作る、という事業上の必要性のかたちをした商品設計です。54枚に分けたのは、一度に放出すれば値崩れし、樽ごとの個性も埋もれるから。トランプを選んだのは、コレクターに「揃える」インセンティブを設計したかったからです。

結果として、Card Series は伊知郎の予測を遥かに超える値段で動くようになりました。2020年8月、香港のボナムズで一度フルセットが約152万米ドルで落札されています。この値段で動く瓶のほとんどは、おそらく開栓されない。父祖の遺産を救出した結果、息子が現金繰りのために売った樽が、20年後に1本数百万円で取引されるとは、本人も予想していなかったでしょう。20年の流動性管理の物語が、後から「神話」に書き換えられていく過程でもあります。

2008年2月 ― Chichibu が動き出す

Card Series の売上は、文字通り次の蒸留所の建設費に流れました。2007年に秩父市で建設が始まり、2008年2月に Chichibu Distillery が初蒸留に入ります。日本では Mars 信州が1985年に再開して以来、新規のスコッチ式モルト蒸留所新設はほぼ途絶えていました。23年ぶりの新設のひとつです。

Chichibu の設計は、規模で読むと性格がよく見えます。初期キャパシティは年間およそ50,000リットル純アルコール(LPA)で、サントリー山崎の数十分の一。2019年秋の Chichibu II 開設で5倍規模を加えていますが、それでも大手の単一蒸留所と比較する数字ではありません。

工程の細部にも規模感の選択が表れます。フロアモルティングを一部復活させ(戦後の日本ではほぼ消えていた)、発酵槽はミズナラ製を含む木製を併用小型のポットスチルで cut の精度を上げ、樽はミズナラ・シェリー・バーボン・IPA・日本ワイン樽の実験を並行で走らせて小ロットで出荷する。Suntory が大型バッチで「同じ味のまま」を維持する保守を選んでいるのに対し、Chichibu はバッチごとの差を消さずに瓶詰めするほうを選んでいる。優劣ではなく、別の operating constraint への別解です。

ミズナラの樽が瓶に残しているもの

ミズナラ(Quercus crispula)、American oak(Q. alba)、European oak(Q. robur)の三種比較表。ミズナラはラクトンの cis/trans 比がおよそ4.0で、American oak の8.9よりも trans 寄り、白檀・伽羅・線香に近い香気プロファイル。樽材としては毛細管多孔性が高く leakage 大、1樽あたりコストは American oak の4-10倍。American oak はバーボン樽として大量供給され組織が緻密、ヴァニラ・ココナッツ系。European oak はシェリー樽として流通、干し葡萄・無花果系。

Chichibu のリリースの中で、伊知郎の選択がもっとも化学的に読めるのがミズナラ樽の運用です。

ミズナラを少しだけ素材として書きます。学名 Quercus crispula。「水楢」の字面どおり、含水率が高い種です。北海道産が中心で、伐採から製樽まで天然乾燥に3-5年要する。木材としては年輪間隙が広く、毛細管多孔性が高い。これが二つの結果を生みます。

第一に、樽材としては leakage が起きやすい。American oak(Q. alba)の樽より、年あたりのロスが大きい。Suntory のチーフ・ブレンダーが過去に「樽材としては適していない」とまで発言した記録があるほどです。

第二に、香気成分の組成が独特です。ウィスキーラクトン(cis- および trans-β-メチル-γ-オクタラクトン)の総量が高く、特に trans 異性体の比率が American oak より高い。American oak の cis/trans 比がおおよそ8.94に対し、ミズナラはおおよそ4.01(trans 側に重い)。cis が「ココナッツ」と表現されるのに対し、trans はもう少し木質寄りで、線香や白檀に近いと感知されます。

この樽の歴史は新しい。ミズナラ樽は、1934年に樽職人タテヤマ源之丞を雇ったサントリーが、戦時下で輸入が止まった結果として手探りで使い始めた地元のオークが起点。戦後は外国樽が入ってきたためいったん廃れ、2010年代に山崎ミズナラ Cask Strength で再評価された。Chichibu はそれと並走するかたちで、フィニッシュ用に留めずフルマチュア用としてもミズナラを使う。1樽からとれる本数が少なく、コストは American oak の数倍から10倍。それでも瓶ごとの identity を立てる方向に賭けている、ということです。

二つの瓶を、別の夜に開ける

Ichiro’s Malt & Grain World Blended(白ラベル)

冬の日曜の夕方、19時。グレンケアン・グラスで指三本。室温に5分置いて、まず香りを取ります。

最初に来るのは精米直後の挽き割り麦のにおいで、続いて乾いた紙箱が日に当たって温まったような、薄い木のニュアンスが立ちます。これがリヴァッティング工程で原酒同士が触れ合った時間の輪郭です。Scotch、Irish、American、Canadian、Japanese の5ヶ国の原酒を秩父でいったん樽から出して別樽で再熟成しているので、産地ごとの角がやや丸くなり、ひとつの「秩父の蔵で寝かせ直された一本」として落ち着いている。

口に含むと、最初の3秒はメープルシロップを温めた直後の、まだ粘度が高い甘さで、これがおそらく American 系のグレーン由来。中盤で乾いた林檎の皮のフレッシュさが薄く差し、終盤に焼く前のクッキー生地のヴァニリン寄りの輪郭が残ります。アルコール感は46.5%という数字どおり、しっかりあるけれど刺激的ではない。ノンチルフィルターなので加水で香気が立ちやすく、数滴の水を加えると麦の甘さが前に出る。

山崎12や白州12(ともに10,000-14,000円)よりも安価で、量販店で見つかる頻度はずっと高い瓶です。「Japanese Whisky」を名乗ることはできません ― 2024年4月施行の日本洋酒酒造組合のラベル基準では、発酵・蒸留・熟成・瓶詰めをすべて日本で行うことが要件で、5ヶ国原酒の白ラベルは「World Blended Whisky」表記です。けれどそのステートメント自体が、伊知郎の builder としての性格を素直に反映している。混ぜて寝かせ直すという行為がそのまま瓶の輪郭になっています。

Chichibu のミズナラ系

別の夜、寒い時期にもう一本。Chichibu のミズナラ・カスクは流通量が少なく、Mizunara The First(2018年)や Wood Reserve、年次の Whisky Matsuri 限定など、シリーズによって入手難易度が大きく違います。中古市場で15,000-60,000円のレンジが多い。

香りで真っ先に来るのは線香店の奥の白檀の柱、あるいは奈良の正倉院に保管されている伽羅のような、乾いた木の甘い熏香です。これがミズナラの trans-β-メチル-γ-オクタラクトンが優勢な香気プロファイルで、白ラベルの「乾いた紙箱の木」とは別の系統。口に含むと、ヴァニリンが厚く、American oak のヴァニラよりもわずかに薬草寄り、湿った苔の下にしまった蜂蜜のようなニュアンスが続きます。終盤に焚き火に少しだけ熏した干し葡萄の余韻が残る瓶もあれば、もっとドライに乾いたヒノキの木屑で終わる瓶もある。リリースごとの差が大きいのは、Chichibu が小ロット運用で樽ごとの差を消していないからで、この差そのものが価値です。

山崎ミズナラ Cask Strength と並べると、山崎は大資本のフィニッシュ運用で得られるより整列された白檀、Chichibu はフルマチュアと小ロット由来のより粗く、ばらつきの大きい白檀として読めます。同じ樽材から、operating constraint の違いがそのまま瓶に出ている二本です。

入手難易度の見取り図

流通価格帯(JPY)入手難易度
Ichiro’s Malt & Grain White Label5,500-7,500円(小売店店頭、税込)量販店で常時
Chichibu The Peated(年次)30,000円前後抽選・即完売
Chichibu Mizunara Wood Reserve25,000-60,000円(中古)オークション中心
Chichibu IPA Cask35,000-80,000円(中古)オークション中心
Hanyu Card Series 単独瓶数十万-数百万円コレクター市場のみ

伊知郎の名前で買える瓶のうち、いま店頭で「彼が下した一連の判断」を舌で確かめられるのは、ほぼ白ラベル一択です。これを制約と読むこともできますが、ある種の入口の設計と読むこともできます。

次のグラスで確かめてほしいこと

白ラベルを次に開けるとき、確かめてほしいのは「希少さ」ではありません。祖父の樽を捨てさせなかった39歳の判断と、400樽を20年かけて段階的に売って、その現金で建てた蒸留所が、いまも年間20万LPA規模で動いているという事業構造のほうです。

ミズナラ系を開けるなら、伽羅や白檀の比喩を受け取った瞬間に、それを「日本の魂」のような essentialism に回収しないでほしい。あの香りは、1934年に Suntory が手探りで使い始めた地元のオークと、戦時下の輸入停止と、Chichibu が2010年代に American oak の数倍コストでフルマチュアに採用しなおしたという、一連の経済的判断の積み重ねとして届いています。

伊知郎はいま60歳前後で、Chichibu II も稼働中。Card Series の市場高騰と、店頭の白ラベルの存在は、同じ一人の人物の手の上でつながっています。次の世代への引き継ぎがどうなるかは、まだ数十年先の話で、私たちはその手前の章を読んでいる読者です。

私はこの瓶を、Hanyu の伝説の延長線上ではなく、いまも稼働中の事業の一部として開けるつもりです。グラスを口に運ぶときに、その20年の現金繰りに、一度だけ静かに向き合うために。


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主な参考資料