フォアローゼズとジム・ラトリッジ ― 2つのマッシュビル×5つの酵母=10レシピという、一本のバーボンに組み込まれた組み合わせ設計
ある金曜の夜、私は自宅のキッチンで少し馬鹿げた実験をしていました。フォアローゼズ の三本、イエローラベル・スモールバッチ・シングルバレルを、同じ常温のグラスに少しずつ注いで横に並べたのです。氷は入れません。比較用に、隣には高ライ麦・高度数のワイルドターキー101も置きました。
まず真ん中のスモールバッチをひと口。バニラとオレンジの皮の奥から、黒胡椒のピリッとした辛味と、すみれの砂糖菓子みたいに甘い花の匂いが同時に立ち上がってきます。妙にまとまっている。角がどこにも立っていない。あとで「これは委員会で決めた味だ」と知って、私は声を出して笑いました。なぜなら、それは文字通り、四つのレシピを会議のように混ぜて多数決で均した一杯 だったからです。

この「会議で均した味」という言い方は、比喩ではありません。フォアローゼズという一本のバーボンの裏には、2種類のマッシュビル × 5種類の酵母 = 10通りのレシピ という、エクセルの表みたいな組み合わせ設計が走っています。そして、その10通りを一つも潰さずに守り抜いた人の名前が分かっています。ジム・ラトリッジ(Jim Rutledge)。1995年から2015年まで、20年間この蒸留所のマスターディスティラーを務めた人物です。
この記事は、その組み合わせ表を瓶の中身から逆算して読みます。テイスティングノートだけで終わらせず、「誰が、どんな割に合わない設計を守って、舌の上に何通りの個性を残したか」までを一本につなぎます。
マッシュビルと酵母 ― 風味を分岐させる二つのつまみ
順番に説明します。まず マッシュビル(mash bill) とは、原料穀物の配合比のことです。バーボンはコーンを51%以上使うのが法律上の条件ですが、残りをライ麦にするか小麦にするか、その比率をどうするかで、味の土台が変わります。
フォアローゼズが使うマッシュビルは2種類です。
| マッシュビル | コーン / ライ麦 / モルト | 舌に出る傾向 |
|---|---|---|
| B | 60 / 35 / 5 | ライ麦が多く、黒胡椒とライ麦パンの皮みたいな辛味 |
| E | 75 / 20 / 5 | コーンが多く、蜂蜜とバニラ寄りの甘さ |
ライ麦の比率が15ポイント違うだけで、スパイスが前に出るか、甘さが前に出るかが分かれます。これが一つ目のつまみです。
二つ目のつまみが 酵母株 です。酵母は発酵のあいだに糖を食べてアルコールを作りますが、その副産物として、香りのもとになるエステルや高級アルコールを大量に生み出します。どの菌株を使うかで、出てくる香りの方向がまるで変わります。この話は発酵は時間の関数か(グレンスコシア)でも書いた通りです。フォアローゼズはこの酵母を、自社で5株も維持 しています。
| 酵母株 | 公式に言われる方向 | 私が言葉にするなら |
|---|---|---|
| V | delicate fruit(淡い果実) | 洋梨を薄く切ってしばらく置いたような、控えめな果実 |
| K | slight spice(軽いスパイス) | シナモンスティックをかじった直後の、乾いた辛味 |
| O | rich fruit(濃い果実) | 黒く熟したプラムや、ドライアプリコットの煮詰めた甘さ |
| Q | floral essence(花の香り) | すみれの砂糖菓子と、ローズウォーターを一滴 |
| F | herbal(ハーブ) | 乾かしたミントやディルの茎、ハーブティーの出がらし |
普通のバーボン蒸留所は、酵母を1株しか持ちません。維持・管理が面倒だからです。フォアローゼズは5株を別々に育て続けている。これだけでも相当に酔狂な設計です。
そして、この 2つのマッシュビル × 5つの酵母を全部掛け合わせると、2×5=10通り の原酒ができあがります。フォアローゼズは、この10通りを一つの蒸留所のなかで並行して造り分けているのです。
型番が仕様書になっている ― レシピコードの読み方
エンジニアなら、ここで顔がにやけるはずです。10通りのレシピには、それぞれ4文字のコードが振られています。たとえば OBSV。これは飾りではなく、そのまま仕様を記述した型番です。
- O … 蒸留所の旧称「Old Prentice」(全レシピ共通の頭文字)
- B … マッシュビル(BかE)
- S … ストレート(Straight。新樽で熟成した混ぜ物なしのバーボン、という意味)
- V … 酵母株(V/K/O/Q/Fのいずれか)
つまり OBSV を展開すると「Old Prentice・マッシュビルB(高ライ麦)・ストレート・酵母V(淡い果実)」となります。製品ラベルにこの4文字が書いてあれば、中身の設計が一意に決まる。バージョン管理されたパッケージ名のようなもので、product-B-v みたいな命名規則がそのまま酒瓶に印刷されていると思えば、技術者には親しみが湧くはずです。
10レシピをコードで並べると、OBSV / OBSK / OBSO / OBSQ / OBSF / OESV / OESK / OESO / OESQ / OESF。前半5つがマッシュビルB、後半5つがマッシュビルE。その中で酵母が5通りずつ回っている、きれいな直交表です。
一つの製品=どのレシピを何個混ぜるか
ここからがブレンドの設計です。フォアローゼズの主要3製品は、この10レシピから「いくつ選んで混ぜるか」だけで作り分けられています。
- イエローラベル(40%)… 10レシピ 全部 を混ぜる
- スモールバッチ(45%)… OBSK・OBSO・OESK・OESO の 4レシピ を選んで混ぜる
- シングルバレル(50%)… OBSV の 1レシピ を、一つの樽だけから瓶詰め
ここで用語を一行ずつ。スモールバッチ は「少数の選ばれた樽を混ぜた中量ブレンド」、シングルバレル は「単一の樽だけを瓶詰めした、混ぜ物なしの一本」を指します。混ぜる数が減るほど、その酵母とマッシュビルの素の個性がむき出しになる。これがフォアローゼズの製品ラインの正体です。
冒頭で私が笑った理由が、ここで腑に落ちます。10通りも律儀に造り分けておいて、一番売れる黄ラベルは、結局その全部を混ぜて角を丸めた「普通にうまいやつ」に均してしまう。 5株の酵母を別々に育てる手間も、35%と20%でライ麦を打ち分ける面倒も、最後に一つのグラスのなかで多数決にかけられて平均値になる。スモールバッチの「委員会で決めた味」は、4票での多数決。そしてシングルバレルのOBSVだけが、一人の意見をそのまま瓶にしたものです。
私の三本フライトで、その差は素直に舌に出ました。シングルバレル(OBSV) は、マッシュビルBの黒胡椒に酵母Vの洋梨が乗って、輪郭がくっきり一本立っている。スモールバッチ は、その尖りが他の三レシピに緩衝されて、すみれの花とドライプラムが混ざり合った、まとまりのいい中庸。イエローラベル は、さらに薄く広く全部を均して、すいすい飲める優しい顔。混ぜる数を増やすほど個性が消えて飲みやすくなる、という反比例がそのまま並んでいました。

ジム・ラトリッジという「10通りを潰さなかった人」
組み合わせ設計には、必ず誘惑がついて回ります。「10通りも要らない。一番売れる味の1レシピに絞れば、酵母は1株でいいし、発酵タンクの管理も10分の1で済む」。効率の側から見れば、これは正論です。10通りを守るのは、倉庫も手間もコストもかかる、割に合わない選択です。
その割に合わない設計を守った人が、ジム・ラトリッジでした。彼は1966年にシーグラム社(当時のフォアローゼズの親会社)に入り、研究畑を経て1995年にフォアローゼズのマスターディスティラーに就きます。
ここで一つ、苦い背景を書いておかなければなりません。1950年代までフォアローゼズはアメリカで最も売れるバーボンの一つでした。ところが親会社のシーグラムは、本国アメリカでのフォアローゼズを 安価なブレンデッド・ウイスキー(中性スピリッツで薄めた廉価品)の名札に貼り替え、本物のケンタッキー・ストレートバーボンのほうは 40年以上にわたって輸出専用、つまり日本やヨーロッパでしか飲めない酒にしてしまったのです。アメリカ人にとってのフォアローゼズは、長いあいだ「スーパーの安酒」でした。
ラトリッジは、この10レシピの設計を守りながら、ブランドの格を取り戻す機会を待ち続けました。転機は2002年。キリンがフォアローゼズの所有権を取得し、本国市場の安いブレンデッドを一掃して、ケンタッキー・ストレートバーボンとしてアメリカへ戻した のです。ラトリッジの「10レシピを一つも潰さない」という20年来の律儀さが、ここでようやく報われました。組み合わせ設計が生きていたからこそ、ブランドは中身で勝負できる状態のまま帰ってこられた。
私はこの手の「ブランドを救った男」という枕詞を、あまり信用しません。長く居ただけの人を英雄に祭り上げるのは、テイスティングノートを「奥深い」「絶妙」で埋めるのと同じ怠慢だからです。ラトリッジの価値は、劇的な発明ではなく、効率の誘惑に対して20年「10通りを減らさない」と言い続けた地味な保守 にあります。一蒸留所のなかに意図的に風味のレンジを設計しておく、という発想は、嘉之助の三基のポットスチルや、田中城太が富士御殿場で三系統のグレーンを並走させる設計と、技術哲学としてはきれいに同型です。違いは、フォアローゼズが「掛け合わせ」で組み合わせ数を増やしている点だけです。
2015年、ラトリッジは引退しました。後任は10年間彼の隣で働いた ブレント・エリオット(Brent Elliott)。彼もこの10レシピの表を一つも削らずに引き継いでいます。今のフォアローゼズは、二代がかりで「組み合わせを潰さない」を守っている蒸留所です。
隣のワイルドターキーと比べると、設計思想が見える
フォアローゼズの輪郭は、隣に別のバーボンを置くといちばんはっきりします。
ワイルドターキー101は、高ライ麦・高度数の一本道です。樽詰め度数を上げず、深いチャーで、一つの濃い味をまっすぐ押し通す設計。ジミー・ラッセルの「変えない」が作った、署名のように一貫した味です。対してフォアローゼズは、思想が逆向きです。一つの正解を磨き上げるのではなく、10通りの可能性を持っておいて、製品ごとに混ぜ方で表情を変える。 同じケンタッキーのバーボンでも、ワイルドターキーが「一本の太い柱」なら、フォアローゼズは「組み替え可能なパーツの棚」です。
どちらが上、という話ではありません。濃さを一点に集中させるラッセルの規律と、風味を分岐させて保持するラトリッジの設計は、バーボンという同じ土俵での 別解 です。並べて飲むと、その二つの設計思想が、二つのグラスに分かれて入っているのが分かります。
価格と、いつ飲むか
コスパの話を書いておきます。イエローラベル(700ml・40%)は実勢1,500〜1,800円前後。バーボンのなかでも気軽な価格で、ハイボールにしても香りの花の部分が残るので、夏の食中酒として優秀です。スモールバッチ(700ml・45%)は実勢3,900〜4,400円前後で、ストレートやロックで「4レシピの多数決」をじっくり味わうのに向いています。シングルバレル(OBSV)はこれより高く、扱う店も限られますが、「混ぜていない一人の声」を聴きたいときの一本です。どれも希少品でも限定品でもなく、コスパで選べるバーボンというのがフォアローゼズの美点です。
合わせるなら、スモールバッチはブラックペッパーを効かせた肉料理に。酵母Kの軽いスパイスとマッシュビルBの黒胡椒が、料理の胡椒と握手します。イエローラベルは、よく冷やしてソーダで割り、揚げ物の油を切る役に回すのがいい。律儀に造り分けた10レシピを、最後は唐揚げのお供に均してしまう。それくらい肩の力を抜いて付き合える価格と度数なのも、この銘柄の懐の深さです。
次に飲むとき、舌で確かめてほしいこと
フォアローゼズを次に買うなら、スモールバッチとシングルバレル(OBSV)を一本ずつ 揃えて、横に並べて飲んでみてください。
シングルバレルをひと口。黒胡椒(マッシュビルB)の上に、洋梨のような淡い果実(酵母V)が一本くっきり立っているのを覚えておきます。次にスモールバッチ。さっきの尖った輪郭が、ほかの三レシピにやわらかく緩衝されて、すみれの花とドライプラムが混ざった「角の取れた中庸」になっているはずです。その差こそが、ブレンドという行為が一杯のなかでやっている「多数決」の正体 です。一人の声(1レシピ)と、四人の合議(4レシピ)と、十人の総意(イエローラベルの10レシピ)が、はっきり別の顔をしている。
その三段階を舌で確かめるとき、あなたは、効率なら1レシピで足りたところを20年間「10通り全部」を守り続けたジム・ラトリッジの律儀さと、自国で40年安酒扱いされても組み合わせ設計を畳まなかった一蒸留所の意地を、同時に味わっています。エクセルの表みたいな設計が、ちゃんと舌の上で別々の味になっている。バーボンを棚の安酒だと侮っていた数年前の私に、いちばん最初に並べて飲ませてやりたい三本です。