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Bunnahabhain 12 と Ian MacMillan、Islay でピートを焚かなかった蒸留所と、瓶を曇らせる脂肪酸を残した男

テイスティング
BunnahabhainBunnahabhain 12Ian MacMillanBurn Stewart DistillersIslayunpeatednon-chill filteredMargadale SpringLaphroaig 10Aberlour A'Bunadh

東京の自宅、4 月の夜、室温 21℃。グレンケアン・グラスを 3 脚並べました。左から Bunnahabhain 12、Laphroaig 10、Aberlour A’Bunadh。Bunnahabhain だけを先に開けて、鼻に近づけてみる。Islay の瓶を開けたとき、たいてい最初に来るはずのヨウ素も、焚き火の煙も来ない。代わりに干し葡萄の甘い匂いと、雨上がりの松林を遠目に思い出させるような樹脂感がふっと立ち上がる。私は少し肩透かしを食らったような顔をして、二口目で、それでよかったと思い直しました。

これは Islay の蒸留所 が造った瓶です。北東の端、隣の Caol Ila まで歩いて行ける距離にある Bunnahabhain という蒸留所が、本流のラインからピートを抜いて売り続けてきた瓶。46.3% ABV、non-chill filtered、natural colour。色は控えめな琥珀。瓶を冷蔵庫に入れるとうっすら白濁します。これは欠陥ではなく、ある一人の master blender が 2010 年に下した判断の、物理的な証拠です。その人物が Ian MacMillan です。

1973 年に始まった一つの履歴

Ian MacMillan のキャリアは 1973 年、Glengoyne 蒸留所から始まりました。やがて 1991 年、彼は Burn Stewart Distillers に移ります。Burn Stewart は Bunnahabhain / Deanston / Tobermory (ピーテッド側ラインは Ledaig 名義) を傘下に持つ会社で、MacMillan は三蒸留所すべての技術責任者として 24 年を過ごしました。

日本語の Whisky 誌で彼の名前を見かけることはほとんどありません。朝ドラの題材にもなりません。英語圏でも Whisky Magazine UK の記事と Scotch Whisky のインタビュー数本、それくらいの存在感です。けれど、もし読者が Bunnahabhain 12 を開けて鼻に近づけたとき、ヨウ素臭が来ないことに困惑する代わりに「これも Islay の顔か」と納得できる瞬間があるなら、それは彼が 2010 年に下した一つの決断の延長線上にあります。

その決断はこうです。「ボトル間で色を揃えるのも、瓶を白濁させないようにするのも、両方やめる」。

2010 年に「やらない」と決めたもの

2010 年、MacMillan は Burn Stewart の経営層に対して、Bunnahabhain / Deanston / Tobermory の standard ラインのスペックを丸ごと書き換える 提案を出します。三つの変更です。

第一に、ABV を 40% から 46.3% に引き上げる。第二に、chill filtration (冷却濾過) をやめる。第三に、caramel colouring (E150a、カラメル色素) の添加をやめる。後ろの二つは「やらないと決める」だけの話で、新しい設備は要りません。けれど、これは限定品の話ではなく、レギュラーラインのレシピを丸ごと書き換える 話でした。

chill filtration というのは、瓶詰め前にスピリットを 0℃ 前後まで冷やして、長鎖脂肪酸エステル (ethyl laurate / ethyl palmitate などの炭素数 12 以上のエステル群) を凝集させ、フィルターで除去する工程です。これらのエステルは室温では溶けているが、冷蔵庫に入れたり氷を入れたりすると析出して瓶を白濁させる (chill haze)。それを嫌う消費者のために、店頭で美しく見えるよう削っておく。

ただし代償があります。長鎖脂肪酸エステルは、舌の上で mouthfeel (口当たり) に重みと粘度を与える成分でもある。これを抜けば、液体は薄く、平らな感触になります。MacMillan が当時の業界誌で言っています。「香りも味わいの化合物も、年月をかけて発達したものだ。瓶を綺麗に見せるためだけに、それを削ってしまう理由があるのか」。意訳すれば「そっちの目的、樽で十数年待った意味とつり合うのか」という質問です。

E150a (カラメル色素) は工業的に糖を加熱して作る褐色色素で、Scotch Whisky Regulations 2009 で添加が認められています。目的はボトル間の色のばらつきを消すため。樽から出てきたスピリットは、bourbon barrel と sherry hogshead の混合比、樽の年数、保管場所の温度を、そのまま色に持っています。これを消して見栄えだけ揃えるか、揃えないか。MacMillan は「揃えない」を選びました。

ABV 46.3% という中途半端な数字は、この二つの「やらない」を物理的に支えるためです。Scotch の法定下限は 40%、46% を下回ると non-chill filtered のときに室温でもうっすら濁ることがある。46.3% は cask strength でこそないが、長鎖脂肪酸エステルを残して常温でクリアに保てる、ぎりぎりの ABV です。

2010 年に MacMillan が Burn Stewart の standard ラインから「削るのをやめた」二つの工程。左: chill filtration が除去する長鎖脂肪酸エステル (ethyl laurate / palmitate / linoleate)。右: natural colour で残る、樽が選んだ色 (bourbon barrel と sherry hogshead の混合比、Margadale Spring の水)。下に MacMillan の発言を引用。

ピートを選ばなかった蒸留所、と、その水

ここで Bunnahabhain そのものに話を戻します。

蒸留所が建ったのは 1881 年、William Robertson と Greenlees 兄弟による。Islay の北東岸、Sound of Islay に面した断崖の下です。水源は背後の谷を流れる Margadale Spring。蒸留所から北に約 1.6 km、ピート湿原を経由せず岩盤を通ってくる、ミネラルを比較的多く含む水です。これが「Islay の隣にいるのにピートを焚かない」という選択の物理的な下地になっています。

ただし Bunnahabhain も最初からピートを使わなかったわけではありません。1960 年代までは 35–40 ppm のピーテッドモルトを使い、ほぼ全量を blend 用に供給していた。当時の Famous Grouse や Cutty Sark の Islay 成分の出元の一つです。それが 1960 年代以降、blending 用途の需要構造が変わり、unpeated に切り替えていく。1979 年に初めて「Bunnahabhain」の名で自社シングルモルトをボトリングしたとき、その瓶は unpeated でした。市場が変わるよりも前に「Islay = ピート」という外形から距離を取った蒸留所の話です。

ピーテッドの Bunnahabhain も完全に消えたわけではなく、2012 年から生産量の約 20% を peated barley に振って Toiteach / Toiteach A Dhà (「煙」を意味するゲール語) というラインで出しています。けれど 12 年・18 年・25 年の標準ラインは unpeated のまま、海岸沿いの倉庫で熟成される。

Islay 蒸留所配置図。北東岸に Bunnahabhain、南岸の Kildalton 海岸に Laphroaig / Ardbeg / Lagavulin の三蒸留所が並ぶ。ピート強度の対比帯が南北で逆転していることを示す。

飲んだときに舌に届くもの

3 脚並んだグラスに戻ります。

Bunnahabhain 12。室温で 10 分置いてからノージング。最初に鼻に入るのは 塩水で軽く湿らせた干し葡萄。後ろから 雨上がりの松林 を遠目に思い出させる軽い樹脂感が来る。海のミネラル感はあるが、薪の煙はない。口に含むと、46.3% の厚みのある液体が舌に乗ります。中盤に オーブンで温めた干し葡萄 の甘み、続いて 塩漬けバター のような塩気とコクが薄く伸びる。余韻はピートのスモークではなく、潮風で乾かした昆布 に近い旨味系の塩。最後に古い革のような僅かな苦みが残る。

隣の Laphroaig 10 (40 ppm 前後、同じ Islay 南岸) に持ち変える。鼻に入るのは消毒液とクレオソート、湿った焚き火の翌朝。Bunnahabhain の塩の感触は Laphroaig にもあるが、それは前景のピートの煙の背後に隠れる。同じ「Islay の塩」が、ピートのフィルター越しに来るか、通さずに来るか で、瓶の中身は別物になります。

右の Aberlour A’Bunadh (100% Oloroso sherry の Speyside、60% 前後の cask strength) に移すと、逆方向の対比になります。A’Bunadh は full sherry の重厚さで舌の中央にどしりと座り込む。Bunnahabhain 12 は bourbon barrel を主体に sherry hogshead を加えた vatting で、sherry は化粧程度。「シェリーで疲れる」夜と「ピートで疲れる」夜の中間に Bunnahabhain は座っています。

価格と、いつ飲むかの話

日本での流通は 2025 年 4 月の輸入元値上げで動きました。アサヒビールの参考小売は 10,700 円(税別) に上がりましたが、量販店・ネット通販の実勢価格は 6,000–9,000 円帯。いつでも買える瓶です。

文脈としては、Islay の入り口で躓いた人の二本目 として強い。Laphroaig 10 で「医療用消毒の匂いが無理」となった読者、Lagavulin 16 で「重すぎて疲れる」と感じた読者にとって、Bunnahabhain 12 は「Islay の地名と海岸線は残しつつ、ピートだけを抜いた瓶」として機能します。あるいは A’Bunadh の sherry を浴びた翌晩、口当たりに塩と樹脂の軽さが欲しい夜 にも合う。

「瓶を冷蔵庫に入れたら白濁した」は欠陥報告ではありません。脂肪酸エステルが、削られずに律儀に仕事をしているという報告 です。

次にこの瓶を開けるときに

ピートを焚かない Islay は、Islay であることをラベルだけで主張する瓶ではありません。中身は北東岸の塩風と、Margadale Spring の水と、誰かが濾過しなかった脂肪酸エステルの記憶でできている。

次に Bunnahabhain 12 のキャップを開けるときに、隣に Laphroaig 10 か、棚にあれば A’Bunadh を並べてみてください。「ピートを焚かないこと」 を Islay の蒸留所が選んだ瞬間に、何が瓶の中に残るかを、舌で確かめられます。ヨウ素ではない、塩。スモークではない、樹脂。chill filtration をしなかった液体の、温かい鈍さ。

Ian MacMillan は 2015 年に Burn Stewart を離れ、Bladnoch を 3 年経て、2019 年からは MacMillan Whisky Consulting Ltd という小さな会社で独立コンサルを続けています。彼の名前が瓶のラベルに刷られることはありません。けれど Bunnahabhain 12 のキャップを開けるたびに、2010 年に「綺麗に見せるために削るのをやめる」と言った男の判断が、46.3% という ABV と、冷蔵庫で白濁する権利として、開封のたびに復活します。月に一度くらい、そのことを思い出しながら飲む夜があってもいいと思っています。


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