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大麦品種という根の選択 ― Golden Promise が Macallan を作り、Concerto が Macallan を変えたかもしれない話、そして Bob Dalgarno が引き継いだ収量と風味のトレードオフ

技術
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「Macallan のあの oily で fruity な感じ、何が決めているんですか」と聞かれることがあります。たいていの人はシェリー樽だと答える。半分は正しい。1990 年代まで Macallan が公言してきた “first-filled Spanish oak sherry seasoned cask” は、確かにあの色とドライフルーツの厚みの主要因です。ですが、もう半分はもっと地味な場所、つまり 蒸留所が買い付ける大麦の品種 にあります。

1965 年、ガンマ線で生まれた半矮性大麦

英国の育種会社 Miln Marsters は 1950 年代、伝統品種 Maythorpe の種子に ガンマ線を当てて変異体を作る という当時としては最新の手法を試していました。狙いは半矮性 (semi-dwarf)、つまり茎が短くて倒伏 (lodging) に強く、麦芽特性を維持できる新品種です。1958 年に 14,000 系統を圃場で評価し、その中から選ばれた 1 系統が、1965 年に Golden Promise という名前で商業リリースされました。半矮性の起源は後年 sdw1 (semi-dwarf 1) という遺伝子座の変異だと特定されています (要 fact-check、現在の barley genome assembly では Golden Promise が transformation reference cultivar として標準系統に組み込まれている)。

Golden Promise は 1970-1980 年代を通じて、英国春播き大麦の主力品種でした。スコッチウィスキー業界では、特に Speyside の蒸留所が好んで使った。Macallan は当時、Golden Promise を ほぼ 100% 使用 する蒸留所として industry 内で知られていました。1980 年代の Macallan の new make spirit が「oily、creamy、gutsy」と表現される時の、その厚みの大部分が Golden Promise 由来だ、というのが現場の認識でした。

ここで一つ注意書きを入れさせてください。私は最初この品種を「Plant Breeding Institute Cambridge が育種した」と覚えていましたが、調べ直すと開発主体は Miln Marsters という商業育種会社でした。Plant Breeding Institute は同時期に別の barley を扱っていただけです。ウィスキー文献ではこの混同がしばしば見られるので、ここでは Miln Marsters 説を採ります。

1994 年、Macallan が Golden Promise を 25% に減らした日

Golden Promise の最大の欠点は、収量 でした。

ha (ヘクタール) あたりの収量で比較すると、Golden Promise は当時の他の英国春播き barley と比べて 20-30% 低い水準でした。育種家が半矮性で「茎を短くして倒伏に強くした」ことの裏側として、穀粒数や粒重の絶対量が現代品種に届かない。1980 年代後半から 1990 年代にかけて、英国の barley breeding は別系統で急速に高収量化を進めます。Triumph 系、Chariot、Optic、後の Concerto。これらは ha あたり 3 トンを超える spring barley として登場し、麦芽収率 (1 トンの barley から得られる malt の量) も 65-66% (Golden Promise) から 67-70% (現代品種) へと改善していきました。

この差は、契約農家の経済そのものに直接効きます。同じ畑面積で 25-30% 多く収穫できる品種があれば、農家は当然そちらを選ぶ。1990 年代前半、Golden Promise を栽培する契約農家を Macallan のために十分な量で確保することが、物理的に困難になっていきました

1994 年、Macallan は公式に Golden Promise の使用比率を 25% に下げる と発表します。残り 75% は当時 Chariot という別の春播き barley で、後に Optic に置き換わり、現在は Concerto と Laureate が中心です。

ここで読者は「じゃあなぜ 25% だけ残したのか、ゼロにすればいいのに」と思うはずです (私もそう思いました)。答えは Macallan 側の経験的 judgement にあります。25% を下回ると new make spirit の “gutsy” な厚みと oily さが落ちる、と当時の Master Distiller / 後の Master Whisky Maker チームが評価していました。25% は両端のあいだで現場が引いた線です。Whisky Magazine の 2006 年頃のインタビューで、Macallan 側は「Golden Promise が 25% あれば、求めている character は十分に出る」と説明しています (要 fact-check)。

なぜ 25% で character が出るのか、エンドスペルムの化学から

ここから少し化学に踏み込みます。

大麦の種子は大きく分けて 3 つの部分から構成されています。

  • エンドスペルム (胚乳): 種子重量の 62-77% を占める、デンプン (starch) の貯蔵組織。種子が発芽するときの energy 源。
  • アリューロン層 (糊粉層): エンドスペルムを取り囲む単細胞層。発芽時に α-アミラーゼをはじめとする加水分解酵素を合成・分泌 する。
  • 胚 (embryo): 将来の植物体になる組織。発芽時に gibberellic acid を放出し、アリューロン層に酵素合成を指示する。

malting (麦芽製造) の工程は、この発芽プロセスを 4-5 日間制御された条件下で進行させて、途中で kiln 乾燥によって止める作業です。発芽が進むと、アリューロン層から分泌された α-アミラーゼ がエンドスペルムのデンプン分子の α-1,4 グリコシド結合をランダムに加水分解し、長鎖のデンプンを短鎖のオリゴ糖まで分解します。続けて β-アミラーゼが末端から麦芽糖 (maltose) を切り出していく。α-アミラーゼ活性の最大値は、種子の germination 開始から約 4 日目に現れます。

大麦品種ごとの違いは、ここに集約されます。

  • エンドスペルム蛋白含量: 全粒乾燥重量の 8-20% 程度の幅がある。蛋白が多いほどデンプンが少ない (収率に不利)。蛋白の中でも水溶性画分は α-アミラーゼと結合してデンプン分解を遅らせるという知見もある (ScienceDirect 2017)。
  • デンプン粒の構造: A 型 (大粒、>10μm) と B 型 (小粒、<10μm) の比率、アミロース/アミロペクチン比。
  • α-アミラーゼ自体の活性レベル: 品種固有の遺伝子発現プロファイルで決まる。

Golden Promise は、後年の品種に比べて エンドスペルム蛋白含量が比較的高めで、α-アミラーゼ活性が中程度 という profile を持ちます (これは醸造業界の経験則で、定量データは公開資料に乏しい)。蛋白含量が高いということは、発酵で wort に持ち込まれる FAN (Free Amino Nitrogen、遊離アミノ態窒素) の量も多い。FAN は yeast の代謝に必要な窒素源で、適度に多いと 発酵中の higher alcohol と ester の生成プロファイルが変わる

そして “gutsy” や “oily” と表現される Macallan の new make の character は、この wort 中の高めの FAN + 中程度の α-アミラーゼ活性が生む長めの糖化時間 + その結果としての ester 前駆体の蓄積 が、複合的に作っている可能性が高い。一つの化合物に還元できる話ではないので、化学側はここから慎重になります。

Macallan の barley シフト。横軸は年代 (1965 / 1994 / 2009 / 2016)、縦軸は ha あたり収量を Golden Promise = 100 とした相対指数。Golden Promise (1965, index 100) / Chariot 系 (1980s, index 115) / Optic (1995, index 120) / Concerto (2009, index 125) / Laureate (2016, index 130) と現代品種が高収量化していくにつれて、Macallan の Golden Promise 比率は 100% → 25% → 25% → 25% で推移 (1994 年以降は維持)。図の右下に「収量と風味のトレードオフ」のキャプション、Bob Dalgarno (1984 入社、2000 Master Whisky Maker) のタイムラインを並記。

Bob Dalgarno、warehouseman から Master Whisky Maker までの 30 年

ここで人物軸に降ります。

1994 年の 25% 切り下げ判断のとき、Bob Dalgarno は Macallan 入社 10 年目でした。1984 年に warehouseman として入社した彼は、当時 30 歳前後。蒸留所のなかを物理的に通り抜ける career path を歩んでいます。warehouseman → mashman (糖化担当) → brewer (発酵担当) → stillman (蒸留担当) → warehouse supervisor → operations manager。1995 年に cask selection panel に参加し、瓶詰め用の樽を選ぶ少人数チームの一員になります。2000 年に Master Whisky Maker (Master Distiller と同義、Macallan の対外呼称) に就任し、以後 14 年間、Macallan の核となる判断を担い続けました。2014 年頃に Macallan を離れ、現在は Glenturret の Master Blender として活動しています。

Dalgarno の独特なところは、品種選択を含む農学側にも judgement を入れていた点です。「我々は cask と spirit cut の話を多くしすぎる。barley は地味だが、その地味さの中で意外な差を生んでいる」という発言が、Whisky Magazine や Decanter の取材で何度か引用されています (出典の正確な号は要 fact-check、引用の主旨は複数 source で一致)。彼が Master Whisky Maker だった 14 年間に、Macallan は Chariot から Optic への移行、Optic から Concerto への移行を経験し、25% という Golden Promise 比率はその全期間を通じて維持されました。

「25% は誰が決めたか」を 1 人に帰すと不正確になります。1994 年の決定は前任者世代の判断で、Dalgarno は当時まだ warehouse から brewing の中堅でした。それでも、その 25% を 2000-2014 年の Master Whisky Maker 期間に固定化し、契約農家との関係を維持し続けたのは Dalgarno のチーム です。Macallan が現在も Golden Promise を「ごく一部に使用している」と説明できる連続性の物理的な担保は、彼の在任期間にあります。

一方、Brosnan の指摘「terroir のほうが大きい」

ここで反対側の話も書きます。

Scotch Whisky Research Institute (SWRI) の director of research、James Brosnan 博士 は、2021 年の Oregon State University との共同研究で、興味深いデータを発表しました。Olympus と Laureate という 2 つの barley 品種を、アイルランドの 2 つの異なる圃場で、2017 年と 2018 年の 2 シーズンで栽培し、それぞれから laboratory scale で new make spirit を生成して香気成分を比較する、という実験です。

結果は、「barley 品種の差より、栽培環境 (terroir) の差の方が、new make spirit の香気プロファイルへの影響が大きい」 というものでした。さらに「品種 × 環境の交互作用」の影響も、品種単独の影響より大きい。つまり、Golden Promise と Concerto を同じ畑で同じ年に栽培して比較すれば差は出るかもしれないが、Golden Promise を異なる年・異なる畑で栽培した時の差の方が、品種差より大きい、ということです。

Brosnan 自身は別の場で「barley は遺伝的に narrow な pool から引かれていて、収穫時期も industry 全体で揃っている。品種差が flavor に影響する evidence は確かにあるが、過大評価されている可能性もある」とコメントしています。

つまり Macallan の “gutsy oily” character の主因が Golden Promise 25% であるという主張は、Macallan 側の経験的観察としては成立するが、独立した統計的 evidence としてはまだ弱い。これが 2026 年の現在の科学側の立ち位置です。Macallan がプライベートに保有しているはずの batch 単位の風味データと品種ロット mapping は公開されておらず、external な統計的検証はほぼ不可能、というのが現実です。

だから、Macallan の瓶に何が残っているのか

ここで結びに向かいます。

2026 年に Macallan Sherry Oak 12 (40% ABV、市価 12,000-15,000 円) を一杯注ぐと、最初に来るのは sherry 樽由来のドライフルーツとオークの spice、次にあのまっすぐな oily テクスチャーが舌に乗ります。この oily さの中には、

  • 1965 年に Miln Marsters がガンマ線で半矮性変異を作った決定、
  • 1980 年代まで Macallan が Golden Promise 100% を使い続けた仕入れ方針、
  • 1994 年の 25% への切り下げと、その「25%」を引いた現場の judgement、
  • 1984 年から 2014 年まで warehouse → Master Whisky Maker まで歩いた Dalgarno が、Concerto への移行期にこの 25% を維持した連続性の判断、
  • Speyside Easter Elchies の畑と気候という、Brosnan が指摘した terroir 側の貢献、

が、すべて溶け込んでいます。「Golden Promise が Macallan を作った」とも「Concerto が Macallan を変えた」とも、簡単には書けません。barley は飲み手から最も遠い場所にある原料で、それが瓶のどこに出ているかを舌で証明することは、私を含む大半の飲み手には不可能です。25% という数字も、Macallan が「ここで折り合いをつけた」というだけで、それが flavor optimum を意味するわけではない。

それでも、原料から樽までの長い加工チェーンの上流端で、「収量と風味のトレードオフ」を引き受けてきた人々の判断が、6,000-15,000 円帯の瓶の中にちゃんと残っている、という事実は変わりません。次に Macallan を開けるときに、oily テクスチャーがあの厚みでくる瞬間、その厚みの 25% くらいは 1965 年のガンマ線変異と 1994 年の現場 judgement と Bob Dalgarno の 30 年の継承に属している、と思って舐めてみてください。残りの 75% は、Concerto や Laureate という現代品種、そして Speyside の畑の話です。両方が瓶の中で共存しているのが、Macallan の現在地です。


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