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佐々木雅晴 と 遊佐蒸溜所:68年間焼酎を作ってきた山形の会社が、シングルモルトをはじめた日

人物
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山形県の北端、鳥海山の麓に「遊佐蒸溜所」というシングルモルト蒸留所があります。2018年に蒸留を始めた、東北で3番目、山形県では最初のシングルモルト蒸留所です。

クラフト蒸留所のひとつ、と書けばそれで済む話のように見えます。

引っかかるのは、ここを建てたのが、戦後すぐから68年間ずっと焼酎と工業用アルコールを作ってきた会社だったということです。

1950年から2024年までの遊佐蒸溜所と金龍株式会社の歩みを示すタイムライン図解。1950年「山形県発酵工業設立 (9つの酒造の合弁)」、1966年「金龍に社名変更」、1978年「甲類焼酎『爽』発売」、2017年「蒸留所建設開始」、2018年11月「初蒸留」、2022年「Yuza First Edition リリース」、2024年「WWA Category Winner (Medium Peated 2023 Spring)」の7つのマイルストーンを縦に並べ、68年間の本業 (焼酎・アルコール) と6年間の新規事業 (シングルモルト) の時間的非対称を可視化する。

焼酎屋の素性

最初に会社の素性を整理させてください。

金龍株式会社の前身は、1950年 (昭和25年) に設立された「山形県発酵工業株式会社」です。終戦から5年、米不足のなかで、酒田と飽海地区の9つの清酒メーカーが手を組み、清酒以外の活路として 甲類焼酎と工業用アルコール を作る会社を作りました。連続式蒸留塔でひたすらクリーンなアルコールを生む、地味で実直な事業です。

1966年に「金龍」と改名し、1978年には甲類焼酎「爽」を発売。山形県内では昭和の食卓に近いロングセラーで、子会社の出羽ノ雪を含めると清酒・焼酎・リキュールまで手掛ける、地域に根を張った酒類メーカーです。

ここまでが2018年までの会社のすべて。シングルモルトはどこにも出てきません。

「今やらなければ、いずれ手遅れになる」

2017年10月、酒田からほど近い遊佐町吉出に蒸留所の建設が始まります。施主は金龍株式会社、責任者は代表取締役社長の 佐々木雅晴。山形県内では誰も作っていない、シングルモルトウイスキー用の蒸留所です。

ウイスキー文化研究所のインタビューで、佐々木は判断の動機をおおむねこう説明しています。今やらなければ、いずれ手遅れになる。20年待つのではなく、許認可と原料調達のハードルが上がる前に動くべきだ、と。

ここで「彼の中に長年のウイスキー愛があった」と書きたいところですが、残っている資料を読むかぎり、そういう情緒の話ではないようです。会社が既に持っていた資産を冷静に見渡したうえでの、経営判断としての参入 に近い。

具体的に、彼の手元にあった既存資産はこういうものでした。

  • 連続式蒸留での アルコール製造免許と運用ノウハウ。新規参入で取得すると年単位の時間がかかる。
  • 70年蓄積した 発酵管理と衛生管理のチーム。原料を糖化し酵母を回す現場が、もう社内にある。
  • 鳥海山の伏流水。1996年に環境省「名水百選」に選ばれた、硬度の低い清廉な水源が地続きにある。

ジャパニーズウイスキーが世界市場で年率二桁の伸びを見せ、原酒不足が常態化していた2010年代後半に、これらが揃っている会社は山形には他になかった。佐々木は「動かない理由」のほうが少なかった、と言ったほうが正確かもしれません。

ところが、彼は自社の発酵技術を流用しなかった

ここがいちばん工学らしい判断だと、私は思っています。

異業種参入の物語は、たいてい「既存技術の応用」を売りにします。冷蔵倉庫業者が熟成倉庫を作り、清酒蔵が日本酒の発酵技術を仕込みに転用する。読者としても、その方が物語は分かりやすい。

佐々木と金龍はそこを選びませんでした。設備の構成を見ると、焼酎工場との断絶のほうが目立ちます。

  • 蒸留器はスコットランド・スペイサイドの Forsyths 製を直輸入。初溜釜は5,000Lのストレートヘッド、再溜釜は3,400Lのバルジ型、どちらも間接加熱。連続式蒸留塔の知見はここで使えない。
  • マッシュタンと5基のウォッシュバックは木製ダグラスファー (米松)。佐々木自身がカナダまで赴いて材を選んでいます。スコッチで主流の鉄製ウォッシュバックではなく、より高コストで管理難度の高い木製を選んだ。
  • 熟成倉庫は4棟のダンネージ式、4段ラッキングで約4,200樽収容。床に直接樽を並べる古典的なスコッチ式で、温湿度の制御は基本的に外気任せ。

要するに、焼酎の経験を「使えなくはない」とは思いつつも、シングルモルトはスペイサイド標準型でゼロから組み直す ことに賭けたわけです。Forsyths は2018年前後、日本のクラフト蒸留所の半分以上に蒸留器を供給しており、ノウハウのバンドルとしてはこれ以上ない選択肢でした。

工程の主役は社内技術ではなく、Forsyths が長年積み上げてきたスペイサイド設計と、自分達が新しく雇い直した蒸留チームのほう。経験が転用できる範囲を狭く見積もって、不足する部分を外から買う。70年焼酎を作ってきたという過去を、設計の制約にしなかった。

ここで彼を「先見の明」と称えたくなりますが、もう少し平らに書けば、転用できる技術と転用できない技術の境界を、現場の発酵屋として正しく見えていた、というだけのことです。過去を尊重しすぎることが、いちばん高くつく。彼はそれを誰よりも知っていたのかもしれません。

庄内の年較差は34°C ある

設備をスコッチ式に揃えても、置く場所の気候までは選べません。ここから先は土地が主役になります。

酒田アメダスの平年値で、いちばん寒い2月の最低気温は平均-2.2°C、いちばん暑い8月の最高気温は平均29.0°C。年較差にしておよそ 34°C。Forsyths が想定するスコットランド・スペイサイドの倍に近い振れ幅です。

樽は呼吸する箱です。気温が上がれば内部の液体は膨張して樽材の細孔に押し込まれ、下がれば孔から染み出して戻る。年較差が大きいほどこの呼吸が深くなり、樽材からの抽出は加速します。佐々木は Whisky Magazine Japan のインタビューで、遊佐の5年は概ねスコットランドの8年に相当する と見積もっている。

亜熱帯の Kavalan が「1年≈4〜5年」で時間を圧縮した話は、Ian Chang と亜熱帯熟成の記事で書いた通りです。庄内はそこまで極端ではないけれど、スコットランドよりは確実に速い。同じ方程式の、中間値の解だと言っていい。

代償もあります。寒暖の振れが大きい分、ピークも早く来やすく、過抽出のリスクは増える。長期熟成という安全マージンを、ここでも一部捨てなければならない。

それでも佐々木が亜寒帯側ではなく庄内を選んだ (というより、庄内で会社をやっていたから選ぶ余地がなかった) のは、北海道で同じ方程式の逆の解を出した厚岸との明確な対比になります。厚岸と土井鉄也の記事で書いたとおり、冷涼湿潤側を全振りした彼らとは、設計の方向が違うだけで、同じ問いに別の値を入れているだけです。

数字としての結果

蒸留所が立ち上がってから、佐々木の判断は数字に置き換わって帰ってきています。

  • 2022年: Yuza First Edition リリース。世界の専門メディアが取り上げ、World Whiskies Awards で Silver。
  • 2024年: Yuza Third Edition 2023 で WWA Bronze。同年、Yuza Medium Peated 2023 Spring が WWA で Category Winner を獲得。

「世界一」と書くと嘘になります。2023年の World’s Best Single Malt はイスラエルの M&H Elements Sherry Cask で、遊佐は別の枠での評価です。それでも、操業から 5〜6年目で WWA の Category Winner に届いたのは、新興の独立系蒸留所として例外的に速いペースだと言っていい。原酒不足の時代に、後発が無理なく入り込める隙間が、まだ世界には残っていたということでもあります。

結び:焼酎屋の蒸留器の余韻

68年間、淡々と工業用アルコールと甲類焼酎を作ってきた酒田の会社の人達が、自社の製品としてのシングルモルトを初めて口にしたとき、何を感じたかは、私が探した範囲の資料には書かれていません。

佐々木自身は経営者として「動けるうちに動いた」と述べているだけで、判断の根拠の話はしても、感情の話は記録に残していない。これは彼の作法だと思います。

ただ、棚に並んだ Yuza のボトルを手に取って思うのは、この瓶の出自はスペイサイドではなく、ストレートヘッドのスティルでもなく、1950年に酒田の9つの清酒メーカーが手を組んで作ったあの焼酎工場である、ということです。70年近く回り続けた発酵タンクの隣に、佐々木はスコッチの標準型蒸留器一式を据え、もうひとつの蒸留を平行に走らせ始めた。

それが世界の品評会に届くまで5年でした。彼の判断のいくつかは正しく、いくつかはまだ答え合わせの途中です。68年焼酎を作り続けた会社の中で、その新しい瓶がどう生きていくかは、これからの庄内の気候と、彼の後の世代が決めることになります。


出典 / 参考:

(蒸留所設備のスペックは2024年時点の公開情報、品評会の獲得カテゴリは WWA 公式サイトの記載に基づきます。佐々木雅晴の発言は WHISKY Magazine Japan インタビューの趣旨を要約しています。厳密な引用ではない箇所は本文上で「概ね」と明示しました。)

よくある質問

遊佐蒸溜所はどこにありますか?
山形県飽海郡遊佐町吉出にあります。庄内地方の北端、鳥海山の麓です。東北で3番目、 山形県では初めてのシングルモルト蒸留所として2018年に操業を開始しました。
運営会社の金龍株式会社はもともと何の会社ですか?
1950年、酒田と飽海地区の9つの清酒メーカーが合弁で「山形県発酵工業株式会社」を 設立しました。連続式蒸留による甲類焼酎・工業用アルコールの製造が本業です。 1966年に「金龍」へ社名変更し、1978年に発売した甲類焼酎「爽」は山形のロングセラーです。
遊佐蒸溜所の蒸留器は誰が作りましたか?
スコットランドのフォーサイス社 (Forsyths) です。初溜釜5,000Lのストレートヘッド型、 再溜釜3,400Lのバルジ型で、いずれも間接加熱。マッシュタンと5基のウォッシュバックには、 佐々木雅晴自身がカナダで選定したダグラスファー (米松) が使われています。