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Glenfiddich 12 と Brian Kinsman ― 世界で一番売れているシングルモルトを「12年、同じ味」で出し続ける仕事

テイスティング
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私の自宅の棚で、Glenfiddich 12 の瓶が3ヶ月ぐらい同じ高さで止まっていました。次の瓶を買う気力がないのではなく、開けた瓶への礼儀の問題で、ときどき思い出して指三本分注ぐ、という関係を続けていた瓶です。

この銘柄について書こうと思ったのは、ある夜、その止まっていた瓶を Glenlivet 12 と並べたときに、両方とも「Speyside 12年のオロロソ + バーボン樽混合」というほぼ同じスペックで、味は明確に違い、それぞれが「12年、同じ味」を長期間維持しているという事実が手元にあったからです。私たちはこの瓶を「初心者向け」と片付けがちですが、片付けるとき、その背後にある工学の難易度を構造的に過小評価しています。

その過小評価の話を、ひとりの男の仕事として書きます。

1963年 ― 「シングルモルト」がカテゴリになった年

Glenfiddich 12 は1963年に発売されました。これは銘柄の発売年であると同時に、「シングルモルト」というカテゴリが商業的に成立した年でもあります。それ以前のスコッチは基本的にブレンデッドで、単一蒸留所のモルトを瓶詰めして輸出する発想は業界の常識ではなかった。Sandy Grant Gordon と Charles Grant Gordon の兄弟が下したのは「個性が強すぎてブレンデッドに勝てない」と言われていたシングルモルトを国際市場に出すという博打で、これがその後60年のシングルモルト市場の起点になります。

同じ William Grant & Sons に、その前年の1962年、17歳の David Stewart が見習いとして入社しています。Stewart は後に Glenfiddich と Balvenie 両方の Malt Master になり、1980年代に「カスクフィニッシュ(二度樽熟成)」を業界に持ち込んだ人物です。Glenfiddich 15 Solera Reserve のソレラ熟成方式を商品化したのも彼です。シングルモルトというカテゴリの最初の60年は、ほぼこの一人の在籍期間と重なっています。Stewart の仕事については David Stewart と Balvenie 21 PortWood の記事 で別途扱っています。

2009年 ― Stewart から Kinsman へ

Stewart から Kinsman への60年リレーを示すタイムライン図。1962年に17歳の David Stewart が William Grant に入社、1963年にSandy Grant Gordonがシングルモルトを国際市場に出す決断、1974年にStewartがMalt Master就任、1980年代にカスクフィニッシュを業界に持ち込む。1994年にBrian KinsmanがSt Andrewsで化学卒業、1997年にWilliam GrantにWhisky Chemistとして入社。2009年12月にStewartがGlenfiddichのMalt MasterをKinsmanに譲渡しBalvenieに専念、Kinsmanは38歳で就任。2016-18年にExperimental Series(IPA / Project XX / Fire & Cane)をリリースするが12には降ろさない。2026年現在、年間1,400万本超で180カ国に流通している。

Brian Kinsman は1994年に St Andrews 大学で化学を first class honours で卒業しています。1997年に William Grant & Sons に入社したときの肩書きは “whisky chemist” で、いきなり Malt Master ではありません。Glenfiddich の Malt Master 兼 William Grant & Sons の Master Blender に就任したのは2009年12月、入社から12年経ったあとです。

この12年が、Glenfiddich 12 の連続性にとって決定的に重要でした。Kinsman は12年間 Stewart の隣でテイスティングを続けた、唯一の長期メンティーです。Kinsman 自身が後年のインタビューで「これまでに25万樽以上のサンプルを評価した」と語っていますが、その大半は Stewart の隣で「これは12のバッチに入れる」「これは外す」を一緒に判断した時間でした。

引き継ぎは Stewart の引退ではありません。Stewart はその後も Balvenie の Malt Master として残り、現在もそこにいます。Glenfiddich の方だけを Kinsman に渡した、という選択的な譲渡でした。Glenfiddich 12 は「次の人に渡しても大丈夫」と判断できる段階に達した一方、Balvenie はまだ手放さない、という二つの判断を同時に下したことになります。

Kinsman はこのとき38歳。Master Blender としては若い方です。彼が引き受けたのは「世界で一番売れているシングルモルトの味を、自分の代で変えない」という、新製品開発よりずっと地味で、ずっと外側からの圧力が強い仕事でした。

「同じ味で60年」のエンジニアリング

ここから少し、味の話より工程の話になります。

Glenfiddich 12 は40% ABV、オロロソシェリー樽(約15%)とアメリカンオーク・バーボン樽(約85%)で12年熟成、最後の9ヶ月をオーク製の大型ヴァットで「結婚(marrying)」させてから瓶詰め、というのが現行スペックです。レシピは固定されているように見えます。しかし入力の側はまったく固定されていません

  • 大麦の作付け年と農場が毎年変動する。冷夏の年と温かい年では糖化挙動が違う。
  • 酵母は工業ロットで微妙に振れる。
  • 樽は新樽ではなくセカンドフィル中心の再利用樽で、樹齢・前歴・木目の緻密さが樽ごとにばらつく。
  • Dufftown の倉庫は dunnage(石壁・土床の伝統倉庫)中心で、年ごとの気温・湿度差が12年経つとそれなりの差になる。

毎年バッチングする原酒のプロファイルは年ごとに必ず違います。違わなかったら自然法則を曲げていることになる。Kinsman の仕事は、この変動する入力を吸収して「Glenfiddich 12 として認識可能な範囲」に着地させることです。瓶詰め前のヴァッティング段階で、複数樽から取った原酒を100種以上テイスティングし、ブレンド比を微調整する。「今年は若いバーボン樽の青さが強いから、シェリー比を1ポイント上げる」「フルーツエステル系がやや薄いから、長熟の樽を少し多めに混ぜる」というような判断を、年間を通して継続的にやる仕事です。

エンジニアの読者には伝わりやすいはずですが、これは高トラフィックの公開API のバックワード互換維持と同形の問題です。内部実装(発酵時間、酵母ロット、樽の樹齢分布)は毎年変わる。しかし外部仕様(瓶を開けた人が舌で受け取るプロファイル)は60年前の SDK との互換を保たないといけない。年間1,400万本超のリクエストが世界180カ国から来ていて、契約は守らなければならない。

しかも規模が大きくなるほど個別樽の選別は不可能になります。年間120万9リットル箱の出荷量で「特に良い樽だけ」を選ぶ余地はほとんどない。Kinsman が引き受けたのは、ほぼ全樽を使わざるを得ない大量生産の中で、それでも12のプロファイルを揺らさないという制約です。マニアの界隈で「Glenfiddich 12 は最初に飲んで卒業した」と言われがちなのは、この制約の裏返しです。中庸であることが、年間1,400万本の供給責任の必然形です。

飲んだときに、何が舌に届いているか

ここで、私の自宅の棚に3ヶ月止まっていた瓶を、もう一度開けます。

平日の夕方、出社しなかった日の19時。グレンケアン・グラスにストレートで指三本。室温に10分置いて、台所で湯を沸かす音だけが聞こえる時間に、香りを立ち上がらせます。最初に来るのは洋梨の皮を剥いた直後の、白い果肉の香です。まだ完全には熟れていない、湿った白さ。これがオロロソ由来ではなく、長い発酵時間とフルーツエステル系の酵母代謝の産物だと知っていると、香りの背後に発酵タンクの長い時間が見えてきます。

口に含むと、最初の3秒は焼く前のクッキー生地に染み込んだバターの感触です。これがアメリカンオークのバーボン樽から来るヴァニリンの輪郭。続いて中盤でシェリー樽の 干し葡萄を温めたような甘さが薄く差してきて、終盤に乾いたモルトと未鞣しの薄い革のニュアンスが残ります。アルコールの刺激は40%という数字どおりで、強くはない。

ここに Glenlivet 12 を並べると、Glenlivet はもう少し直線的なリンゴ寄りで、Aberlour 12 を並べると、Aberlour はシェリー樽比率が高いぶん、干し葡萄の側が支配的に出ます。Speyside 12年の三巨頭は、ほぼ同じ条件下で異なる解を出している、という構造で読むと面白い。Glenfiddich 12 はこの三本の中ではもっとも中庸で、もっとも早く飲み終わってしまう位置にあります。

「複雑」とか「奥深い」という形容は使いたくありません。複雑ではありません。むしろ非常にクリアです。クリアであることに60年使っている、と言うほうが正しい。

Experimental Series ― 「壊していい場所」を分けてある

Kinsman は新製品をまったく作っていないわけではありません。「12では絶対にやらないこと」を試す場所として、Experimental Series というラインがあります。

  • 2016年: IPA Experiment(クラフトIPAビール樽フィニッシュ)、Project XX(20カ国のアンバサダーが選んだ樽の混合)
  • 2017年: Winter Storm(21年もの、カナダのアイスワイン樽フィニッシュ)
  • 2018年: Fire & Cane(ピーテッドモルト + 中南米のラム樽フィニッシュ)

これらは12のラインからは完全に独立しています。IPA樽でもラム樽でもピートでも、Experimental Series の中ではやっていい。でも12には絶対に降ろさない。

エンジニアには feature flag の発想がそのまま当てはまります。本番(12)はバージョン固定、実験は別ルートで走らせ、本番に統合するかは別判断。Glenfiddich の場合、実験を12に統合した形跡は20年以上ありません。実験は実験のまま別ラインで終わる、というのは「壊さないことのほうが価値が高い」という商品設計の表明です。

4,000円で買えるグラスの、背後にあるリレー

日本での Glenfiddich 12 の流通価格は、大手量販店でだいたい4,000-5,000円台です。世界で一番売れているシングルモルトがこの価格帯で常時手に入るのは、現代の供給網と William Grant の規模感が両方そろって初めて成立する事態で、当然と思っていい話ではありません。

このグラスを成り立たせているのは、Sandy Grant Gordon が1963年に下した「シングルモルトを国際市場に出す」博打、David Stewart が60年かけて維持してきた工程の記憶、そして Brian Kinsman が2009年から引き受けた「同じ味のまま、自分の代で変えない」保守の仕事、この三層のリレーです。

瓶を開けて、洋梨と焼く前のクッキー生地と、薄く差し込む干し葡萄の感触を受け取るとき、舌の上にあるのは「複雑さ」ではなく「変えなかったこと」です。次のグラスを注ぐときに確かめてほしいのは、60年、誰かが変えないでいてくれたという事実です。Kinsman の次の Master Blender はまだ無名で、いずれ引き継ぎが起こります。そのときに、私たちの棚に止まっている瓶のプロファイルがまた何十年か維持されるかどうかは、別の人の決断にかかっています。

私はこの瓶を「卒業した」とは、もう言わないつもりです。卒業するには、この保守業務に対する敬意が、まだ足りていません。


関連記事

主な参考資料

  • William Grant & Sons 公式 — Brian Kinsman プロフィール
  • Glenfiddich 公式 — Experimental Series リリース情報(IPA 2016 / Project XX 2016 / Winter Storm 2017 / Fire & Cane 2018)
  • PMA Canada “Meet the Maker: Brian Kinsman”(St Andrews 大学化学卒・1994年・1997年入社・2009年12月就任)
  • Wikipedia: David Stewart (master blender)(1962年入社・1974年 Malt Master 就任・2009年 Glenfiddich 譲渡)
  • Wikipedia: Sandy Grant Gordon
  • The Spirits Business “Scotch Whisky Brand Champion 2019: Glenfiddich”(年間120万9リットル箱の販売数)— thespiritsbusiness.com